詩 ほんとうの幸い 願い
美しいだけでは美しくない
とハカセは言った
欠けているもの キズ 内包した憎悪 狂気 穢れ 大罪
それらを孕んでこそ 際立つ美しさなのだと
自分にはキズなどない
とハカセは言った
そんなハズはない
くんくんと匂いを嗅ぎまわるあたし
子犬のように足元にまとわりつき
ハカセを転ばせてしまった
ハカセは苛だちながら吐くように
言った
自分にキズがあると思ったら1秒でも生きていたくないんだよ!
あたしは一瞬凍りつき
耳をだらんと下げてうなだれ
太ももの古キズに舌を這わせた
殴られ 脚を折られ 頭を割られた
全部のキズを舐めた
あたしが覗いた闇は古井戸のようにちっぽけで
彼が覗いていたのは深淵だった
父親をコロそうと 本気で計画していた小学生が
家に帰れず 児童会館で読んでいた本は
銀河鉄道の夜
ほんとうの幸いとは を問う
宮沢賢治
キズを舐めることしかできないあたしは
ずーっとずーっと 舌を這わせた
やがて彼はこどものように泣き出して
わーんわーん と声をあげた
少年時代を取り戻そうとするように
闇の淵で
彼は絶望していなかった
欠けた 砕けた欠片をあつめて
命がけで探している彼を
美しいと思った
あたしは彼の足りない欠片になりたくなった
捨てないで
と
泣きながらつぶやく少年を
ずーっとずーっと舐めていた