山本くん。

 小学校5年生の時に、山本くんが転校してきた。なんせ鉱山町で人の出入りは激しく、転校生なんてしょっちゅうであり、すぐにクラスに馴染んだ。ちょっと珍しかったのは大抵が鉱山関係で転校してくるのに、山本くんは違ったことくらいか。

 山本くんはとにかく運動神経が良かった。小柄なのにリレーではごぼう抜き、もうヒーローである。そして山本くんには私が何よりも今でも尊敬していることがある。
 めちゃくちゃ絵がうまかった。

 うちはべつに意識高い系とかの一家ではないのだが、読書とクラシックを好む母、ありとあらゆる趣味を楽しみまくっていつ仕事しているのかわからない父、コンクールに出せば賞を必ず取る絵の上手な姉がいたので、美術館とかもなんやかんや行ったし。呉服店なので色彩にも溢れていた。

 ある日、それはお題が好きなものとかそんなんだったと思うんだが、山本くんがバイクの絵を描いてきた。
 すごかった。大胆な構図、デフォルメされながらも崩れないバイクの描写、背景まで計算されたような色使い。はっきり言って小学生のレベルを超えている。
 超えているが故にクラスメイトはなんかへーん!て言いまくるので私はうまい!すごい!て言えなかった。今タイムスリップしたら褒め称えてたと思う。

 さて、中学生に進んで入学式。
 山本くんはデビューしていた。絵じゃない。ヤンキーにデビューしていた。元々美形なのでサラサラの茶髪はよく似合ってターミネーター2のあの少年にそっくりだったが、ボンタン短ランである。私の中学生時代でも絶滅寸前だった。
 さらにその後、舐められるからという理由で彼はリーゼントになった。全女子が泣いた。

 まあそんなんだから女子は遠巻きにしている部分があり、私は話しかけもしないけど教科書見せろと言われれば常に見せていた。見せない理由が特に無かったし、私の中で山本くんは別に山本くんだったから。
 ところで学校というのは学期ごとに席替えというものをする。
 先生が決めるかくじ引きで、決められた席に重い机と椅子をえっちらおっちらと運んで設置すると、ひょいっと持ち上げられた。

 「お前の席、ここな」
 山本くんが自分の席の隣に私の机を置いていた。先生も無視、クラスメイトの視線も無視、おぼこかった私は教科書みたいんだろな…まあいいや。くらいでおわらせていたのだが、異常ですね。当然噂も立ちまくっていたそうです。実際部活の後輩に呼び出されて付き合ってるのか聞かれたこともある。そこでそういう噂があるのを知ったくらい私は鈍かった。

 中学3年間同じクラスになってしまったので3年間山本くんの隣にいた私だが、修学旅行の季節になった。班割りは席で決められた。山本くんとその取り巻きヤンキー決定。しかたない。そのくらいマヒしていた。
 修学旅行は東京で、ディズニーランドと自由行動と国会議事堂。お決まりすぎるコース。
 その頃私は東急ハンズにものすごい憧れを抱いていた。ディズニーランドなんてどうでもいいくらい東急ハンズに憧れていた。なぜかはもう思い出せないが。
 そんな状態なので、自由行動ではどうしても東急ハンズにいきたい。で、提案した。
 「東急ハンズってピアスあんの?」
 「あるよ!」
 即答した私を見る女子の目が痛かった。あとからほんとに目的のために手段選ばないよねと言われた。何も返せない。

 修学旅行はなかなか楽しく、ヤンキー軍団もディズニーランドを楽しんで竹下通りでクレープを堪能していた。文句を言われなかったところから、東急ハンズにピアスはあったのだろう。
 ちなみに私は何も買わず、上野でELLEのパチモンのシャツとBOOWYのパチモンのキーホルダーを買った。今住んでいるところにはすぐ近くに東急ハンズがあるが、多分10年住んでて一回しか行っていない。東急ハンズ、ごめんなさい。

 山本くんのヤンキー化は一層激しくなり、問題生徒の代表になっていた。私は変わらず隣に座って教科書をみせて、たまに勉強を教えていた。

 3年になって選択授業が始まり、私は美術を選んだ。そして山本くんも美術を選んでいた。
 授業のお題は、黒く塗りつぶされたアクリル板を削って絵を描き、時計を作ること。私は適当な星座をカリカリと描いていたと思う。その頃は山本くんと話すこともほとんどなかった。

 ふと、一番後ろでカリカリやってるいるリーゼントの山本くんの手元を見ると、彼は浮世絵の歌舞伎役者を描いていた。

 「山本くん、やっぱり絵上手いよね」

 無意識に出た言葉に、彼は小学生の頃みたいなはにかんだ笑顔を見せた。

 彼は何か方向が違っていたらもっともっとたくさん素晴らしい絵を描いていたのだろうか。
 ねえ山本くん。君のバイクの絵、すごくうまかったよ。かっこよかった。
 あとね、一枚何か描いてくれないかな?素敵な額縁を用意するから。

 今彼が何をしているか、私には知る手段もない。

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