ずーみー@34歳で片麻痺になりました

僕は2021年10月に倒れて僕は障害者になりました。 発症からもうすぐ2年になり倒れ…

ずーみー@34歳で片麻痺になりました

僕は2021年10月に倒れて僕は障害者になりました。 発症からもうすぐ2年になり倒れた時の気持ちも薄れつつあるのでnoteにその時の気持ちと、今、障害者としてどう生きているのかを見てもらえればと思って始めました。 拙い文章かとは思いますがお付き合い頂けると嬉しいです😊

最近の記事

第1回おしゃべりカフェについて 〜準備編〜

今回は僕が働いている喫茶店でのイベントについて書こうと思う。 僕は本業とは別で月に数回、土曜日だけだが喫茶店で働いている。 喫茶店の名前は『ドリーム』 伏見の地下街にあって、働いている人は皆んな脳卒中の発症経験があるという変わった喫茶店である。 その喫茶店でおしゃべりカフェというイベントが開かれる事になった。 喫茶店でみんなでお喋りするみたいに当事者の人や、そのご家族、興味のある人達で普段言えないような悩みや、思っている事をお喋りをしようという会なのだが、定員7人に

    • 【#14】リハビリ病院編 その8

      今回は僕の身体以外の後遺症について書こうと思う。 僕には高次脳機能障害が残った。 •注意障害 •記憶障害 •左半側空間無視 退院後に発覚したものもあったが入院中は特に左半側空間無視が凄かった。 端的に言うと左側の認識が出来ない。 見えてないの?って彼女に聞かれた事もあったけど、目では見えてる。けど、脳が認識出来てなくて結果として周りの人からは見えてないように見える。ってめちゃくちゃやっかいな後遺症。 多少は良くなったが左側をぶつけたりっていうのは今でもある。 入院

      • 【#13】リハビリ病院編 その7

        長下肢装具を作る日が来た。 装具は基本的にフルオーダーメイドである。 今回は長下肢装具なので太ももまでの装具を作るためにズボンを脱いでパンツになって包帯に石膏液を付けたもので足の型を取る、これがいわゆる採型というもので採型をして装具技師さんに歩き方を見てもらってどんな風に作るのかを最終調整して制作に入る 装具の手順は以下の通り 採型→技師さんに歩きを見てもらう→制作→試しに使ってみる→引渡し 問題はここで起こった。 療法士のKさんが 『ずーみーさん!膝折れ防止の

        • 【#12】リハビリ病院編 その6

          Kさんとのリハビリは 平行棒の中をとにかく歩いた。 歩いて 歩いて 歩いて とにかく歩いた。 と、言っても筋トレもする。 筋トレは立ち座りやお尻上げ 立ち座りは本当にキツくて 手を使わずに10回立ち座りすると 汗ダラダラで息も切れていた。 片麻痺には片麻痺の歩き方がある。 この段階で倒れてから1ヶ月以上経ち、移動は全て車椅子。 自分が今までどうやって歩いていたかはもう忘れていた。 前にも書いたが この時の僕はとにかく足が出なかった。 膝が曲がらない

        第1回おしゃべりカフェについて 〜準備編〜

          【#11】リハビリ病院編 その5

          『僕がずーみーさんを必ず歩かせます。なのでリハビリがキツくても僕を信じてついてきてくだい』 ハーネスで歩いた次の日、僕の担当の理学療法士Kさんは僕にそう言った。(知らなかったが前回の人は担当ではなかった。) リハビリをやった事がある人ならわかると思うが基本的に療法士の人は出来ます。治ります。動くようになります。という事は言わない。 それは患者さんの脳の損傷具合によっても回復具合は異なるし、変に希望を持たせてそうならなかった時の患者さんを思ってだと僕は思っている。 けど

          【#11】リハビリ病院編 その5

          【#10】リハビリ病院編 その4

          やっとリハビリの事を書きます。 入院して2日目、先ずやったのはベッドから車椅子への移乗。(乗り移り) これは比較的上手になって看護師さんの見守りでも良くなったから装具を付けて歩いてみることに。 装具? 今でこそ自分の相棒みたいな装具ですが健常者の時に装具なんて見た事もなかった。 僕の目の前に現れたのは長下肢装具。 太ももまですっぽり装着するタイプの装具だった。 何かロボットみたいだな。ってマジで誰でも思いそうな事を思いながら付ける事に。 『お、、、重たい、、、

          【#10】リハビリ病院編 その4

          【#09】リハビリ病院編 その3

          今回はマイ車椅子で起きた事件について書きたいと思う。 (早くリハビリについて書けよ。って思ってる人がいたらごめんなさい。多分次からリハビリについて書くと思います) マイ車椅子をゲットしてご飯を食べていた時の事。 まだ体幹が効かなかったからなのか車椅子から正面に滑り落ちてしまった。 周りは騒然。起きようにも身体は動かず、僕もパニックになってしまって水の中ではないんだけど溺れてるみたいな感覚になった。 本当に怖かった。 助けてくれたのは2年目のPT。 元々野球をやって

          【#09】リハビリ病院編 その3

          【#08】リハビリ病院編 その2

          ついにリハビリが始まった。 と、言ってもベッドから車椅子への移乗(乗り移り) あまりの身体の大きさからベッドにはリフトが付いてたけど、若いし自分でやってみようってなって時間いっぱい練習した。 柵を持って足を地面にちゃんと設置してる事を確認して、よいしょっと! 元々バスケ部+現場監督で足腰は鍛えられてたのでほぼ健足でやってたと思うけど何とかモノに出来た! ↓部屋に付いてたリフト(イメージ) 彼女にはリハビリの合間にどんな事をしてるか連絡をした。 週のほとんどを一緒に過

          【#08】リハビリ病院編 その2

          【#07】リハビリ病院編 その1

          2021年11月2日、僕はリハビリ病院へ転院した。 1人で座っている事も出来なかったのでストレッチャーで移動するかって話もあったけど、 ヘッドレスト付きの車椅子でなんとかリハビリ病院へ 4人がかりで移乗する息子を見て両親は本当に一生車椅子かもしれないって思ったみたい。 リハビリ病院に着いてひと通りの説明だとかを受けて向かったのはトイレ✨ 10月9日に倒れたから約3週間ぶりのトイレ✨ そん時に思いましたね トイレ最高!!! ちゃんと足をついて踏ん張れる! 差し込み

          【#07】リハビリ病院編 その1

          【#06】 何故リハビリを頑張れたのか。

          こんな事を言われる事がある。 普通は落ち込んで直ぐにリハビリに向き合えないと思うんですけど何でそんなにリハビリ頑張れたんですか? 僕にとっての理由が2つあるので今日はそれについて書こうと思う。 1つ目は僕がリハビリを乗り越えた事があるから 25歳の時、バスケしてる時にアキレス腱を切った事がある。 右足のアキレス腱を切ったから運転も出来ずに3ヶ月松葉杖で過ごした。切ってすぐは膝から下の感覚も無く、こんなの歩けないでしょ。って思ったけど3ヶ月のリハビリを乗り越えて歩いたり走

          【#06】 何故リハビリを頑張れたのか。

          【#05】 2021年10月9日、僕は障害者になった。その5

          何日か後にスマホを受け取れた。 画面を見たら彼女からとてつもない数の着信🥺 ホントごめん。頑張ってちゃんと帰るからね。 何日か経ってリハビリを始める事に。 とにかくビックリした。 全く左側が動かなくてビックリした。 足は何となく分かるけど腕の存在が分からない。全然動かないし実際腕があるのかも分からなかった。 1日20分だったかな。 あぁ。俺は障害者になったんだなぁ。と改めて思った。 リハビリって言ってもベッドから立ったり座ったりそんな感じだった。 この頃には

          【#05】 2021年10月9日、僕は障害者になった。その5

          【#04】 2021年10月9日、僕は障害者になった。その4

          目覚めてからが大変だった。 先ず、起きたら右腕(健側)を縛られていた。 あの時の僕は※せん妄状態だったのだろう。 後から家族に言われたのは、あの時のあなたはナースコールを押しまくったり叫んだりしてたのよ。と言われた。マジで何にも覚えてない。 この時はぼんやりとここは病院なんだ。僕は倒れてしまったのだ。ってのは分かってはいたけどあまりに薄暗い病室と縛られた腕を見て僕は、 『捕まってしまった。早くここから逃げないと』と思っていたのを今でも覚えている。 先ず、ここは何階なの

          【#04】 2021年10月9日、僕は障害者になった。その4

          【#03】 2021年10月9日、僕は障害者になった。その3

          今回は意識不明の時の記憶を話したいと思います。 今、この文章を読んでるあなた。意識を失った事はありますか? その時の事を覚えてますか? 普通に生きてたら意識を失うことは無いし、そんなの覚えてないと思います。 けど、僕は覚えてます。 どんな事があったかというと、当時付き合ってた彼女と引っ越しをして一緒に住むって夢を見てました。 本当に穏やかで幸せな時間だったのを覚えてます。(多分これは僕の潜在的な願望が強く現れたんだろうなぁと思います) 一緒に住んでいて、僕はウト

          【#03】 2021年10月9日、僕は障害者になった。その3

          【#02】2021年10月9日、僕は障害者になった。その2

          目が覚めたらそこは病院だった。 まさに見知らぬ天井状態(エヴァ弍話より) ここからは親から聞いた話なんだけど トイレで倒れた後、友達が帰って来ない僕を心配してトイレを開けてくれて救急車を呼んでくれたらしい。 当時の体型は身長185センチ体重105キロとなかなかのボディの持ち主だったので救急隊の人 はさぞ大変だったと思う。ちなみにスナックはエレベーター無しで3階。 この場を借りてお礼を言わせて下さい。 救急隊の皆さん本当にありがとうございました。 倒れた時点で夜の1

          【#02】2021年10月9日、僕は障害者になった。その2

          【#01】2021年10月9日、僕は障害者になった。その1

          2021年10月9日 当時の僕は仕事の関係で兵庫県尼崎市に住んでいました。 仕事は現場監督をしていて土日もなく毎日楽しく働いていたずーみー(当時34歳) そんな僕に名古屋の友達から連絡がきて静岡から帰ってくるやつが居るから名古屋で集まろうと、ちょうどその日は仕事が休めそうだったので名古屋に帰ることに。 その日は朝から新幹線で名古屋に帰り、好きなブランドがポップアップストアを出すとの事でお昼は買い物して、夜は静岡の友達とも合流して行きつけの餃子屋さんへ🥟 美味しい餃子と

          【#01】2021年10月9日、僕は障害者になった。その1

          【#00】自己紹介

          みなさん初めまして。 ずーみーと言います。 名古屋生まれ名古屋育ちの36歳です!(2023年9月5日現在) 2021年10月に倒れて僕は障害者になりました。 発症からもうすぐ2年になり倒れた時の気持ちも薄れつつあるのでnoteにその時の気持ちと、今、障害者としてどう生きているのかを見てもらえればと思って始めました。 拙い文章かとは思いますがお付き合い頂けると嬉しいです😊