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とりもどす

私をとりもどしたい。

確かに私は私として生きている。
でも、本当はどうしたいと思っているのか。
その事を知ってる私をとりもどしたい。

結局どうしたいのか質問する相手のオオモトの私が、
居留守している。
(ような気がする)
社会性のある私を優先し過ぎたのか。
いや、そうでもない。
振る舞いきれず、嫌な部分を見られる事もある。
そうなると、見られた自分を隠したくなる。
私と私と私と・・・有象無象の私の集団で
言い訳ごっこが始まる。
私が私に共感する私を作り出す。
何人登場するんだ私は。
え?
私が私のフォローをして私を成り立たせているのか?
私の私による私へのフォローバックでつぶやき合いながら
慰め合いや喧嘩が耐えない私を実践中だ。
クソだな私。
おっと、また私誹謗中傷かよ。
まぁまぁ面倒だな。私によるフォロワー数が多くて、
収集がつかなくなっちまったぜ。

ってな感じの日々日常。
これが瞬間瞬間で私が選んでいること。
それを積み重ねている私。

じゃあどうすればオオモトの私にご対面できるのか。
私は有象無象の〝私’s〟を受け入れている。
その中にオオモトの私が居るのか?
いや違うでしょ。
だって、オオモトは言い訳なんかしないはず。
(そう思い込んでいる私。)

こんな事考えていることが人様にバレようもんなら
恥ずかしくてもう会えないな。
きっとキモいとか思われるだろう・・・。
おーーーっと!
私目線の他人登場しましたー!
これこれ!
勝手にこう思われるかもしれないバーチャル他人を登場させる私。

私を深堀りするより前に私の前には私自身が作り出した
バーチャル他人が居るのですよ。
でもこれも私の選んだことなんだよな。

この何重にもなった私が
パイ生地やバームクーヘンのように、
美味しければいいのだが。。。

あーーーもうピーチクパーチクうるさい私。

で、オオモトさんどこですの?www

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