見出し画像

モーリス・ラヴェルを題材にした新刊です

フランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875〜1937年)は、『ボレロ』という作品でとても有名です。
タンタタタ タンタタタ タンタン タンタタタ タンタタタ タタタタタタ タン

本人はこの曲を代表作とは思っていなかったようですが、シンプルで風変わりで、アイディアがあり、マシンのようにも舞曲のようにも聞こえ、楽器の使い方が天才的、とラヴェルらしさに満ちた作品にみえます。

で、この「ラヴェルらしさ」とは何でしょう。

ここで紹介するアメリカの作家 コンガー・ビーズリーJr. によるファンタジー小説『小さなラヴェルの小さな物語』は、まったくのところ実話からかけ離れた、とんでもない飛躍に満ちたファンタジー小説です。

が、この小説に登場するモーリスは、たしかにあのモーリス・ラヴェルに違いありません。シャイで、生真面目で、冗談やからかいが大好きで、子どもや動物と仲良しで、勇敢なところもあって、ただ女性に対してはちょっと臆病な。

この小説のために絵を描きおろしてくれた、たにこのみさんのラヴェルも、表面的・形態的に似せているのではなく、彼の精神をよく表していて、これぞモーリス・ラヴェルという感じなのです。

ラヴェルを知る人、好きな人が読めば、クスクスと笑いがこぼれること請け合いです。

*タイトル画像は原典の英語版の表紙(右)と、日本語版の表紙

どのような本なのか知っていただくために、著者のビーズリーJr. のまえがきと、訳者だいこくのあとがきをここに紹介します。

             著者からひとこと

 フランスの作曲家モーリス・ラヴェルについて、この小さな本で書いていることは、実際の出来事ではありません。登場人物や起きたことなど、作品の目的に沿って、著者である私は自分の裁量で自由に描きました。さまざまな報告によると、ラヴェルは大の動物好きでしたが、この話の中に登場する動物たちと、旅の中で実際に出会ったかどうかは不明です。しかしながらラヴェルについて読んだり、彼の音楽を聴いたりして導き出されたことは、少なくとも私にとっては、常識を超えることをいともたやすくやってみせる、並外れた人間だったということです。
 私の書いたモーリス・ラヴェルと、E.B.ホワイトの不死身のスチュアート・リトルが、背丈など体つきで似ていることをお許しください。両者が酷似していることは明らかで、それについて弁明はしません。私は8歳のとき、『スチュアート・リトル』を初めて読み、以来いまに至るまで、この小さな友スチュワートは私の想像力の源でした。実際のモーリス・ラヴェルは、身長が150センチそこそこと言われています。この本の中で彼の身長を、故意に小さくしたつもりはなく(アメリカ・インディアンの話に登場するコヨーテのように、彼がどこにいるか、誰といっしょかによって、背丈が変化します)、むしろ彼をときに大きく見せる、優れた人柄や個性を表そうとしました。

                  C.B.Jr.(コンガー・ビーズリー Jr.)

『小さなラヴェルの小さな物語』より
 

         訳者・エディターによるあとがき

 『小さなラヴェルの小さな物語』は、いくつもの嬉しい偶然によって<奇跡的に!>出来あがった本です。
 まず最初に訳者だいこくとモーリス・ラヴェルの音楽を通した出会いがありました。それから少しして、訳者はマデリーン・ゴスのラヴェルの評伝『Bolero - The Life of Maurice Ravel』を読みます。さらにその2年後、この本の原典であるコンガー・ビーズリーJr.氏の小説『A Little Story about Maurice Ravel』と訳者は遭遇。評伝をすでに読んでいただけに、この物語の実像と虚像を取り混ぜた不思議なストーリー展開に、面白さとリアリティを強く感じたのです。
 それにしてもファンタジー小説とは! ラヴェルにこれほどピッタリの様式はないんじゃないでしょうか?!
 この物語の魅力は、アレマアラマアの話の展開に加えて、一方ではモーリス・ラヴェルという人物を実にうまく(超リアル & 超シュールに)描いていること。さらに、次々に登場するキャラクターがイキイキとしていて面白いことが挙げられます。たとえばブルターニュ出身のタルという名のハウスキーパーがいます。ラヴェルの家に実際にいたハウスキーパー(ルヴェルー夫人)とは似ても似つかないキャラクターではありますが、風貌性格ともに変わった興味深い(ラヴェルを彩る)人物として、ビーズリーJr.は冒頭に登場させています(共通点としてはラヴェルへの献身性が高いこと)。
 また著者は、実際にあったエピソードをうまくお話に取り入れてもいます。小説に出てくるラヴェルが手作りする紙人形というのは、手先の器用なラヴェルが、知り合いの小さな子どもたちに作ってあげていたものを思い起こさせます。
 『A Little Story about ……』を日本語に訳して公開(出版)してみたい、と思ったのは2021年の春のことでした。まずは版元JEFの代表者エクハルトさんにメールを書きました。エクハルトさんは、現在の著作権者であるベッツィーさん(著者の妻)にすぐ連絡をとってくれました。出版を楽しみにしているという嬉しい返事で、両者とも日本語への翻訳をとても喜んでくれました。難しい条件など何もなく、ただただ喜んで賛成してくれたのです。(JEFは実験的なフィクションを出版するイリノイ州の出版社)
 さて、これで翻訳権が得られたので、制作に入ります。次に頭に浮かんだのが何か面白いビジュアルが欲しい、ということでした。実際にいた著名な人物がモデルということで、最初に思いついたのはカリカチュア的な絵を小説に添える、というものでした。ぶっとんだお話にモーリス・ラヴェルのカリカチュア的な絵が合うのではないか、と思ったのです。
 そこで旧知の関西在住のデザイナー、⻆谷慶さんにプロジェクトの概要を話して、誰かこの企画に合う人はいないだろうかと相談しました。⻆谷さんとは葉っぱの坑夫スタート間もない頃からのお付き合いで、当時、⻆谷さんは iTohen(イトヘン)というブックカフェに勤めていて、そこで葉っぱの坑夫の本を販売する担当者でした。当時からそこでデザインの仕事もされていて、その後、2015年にデザイナーとして独立されました。そしてそれを機に、また葉っぱの坑夫との新たな関係が生まれたのです。2015年4月、葉っぱの坑夫のサイトで『南米ジャングル童話集』というコンテンツのデザインをお願いしたのが最初でした。その後、この本の紙版のデザインや絵本のデザインもしていただいています。
 その⻆谷さんが提案してくれたのが、絵描きのたにこのみさんでした。最初のプランだったカリカチュアを描く人ではなかったのですが、たにこのみさんの絵をサイトで見て、いっぺんに好きになりました。様々なキャラクターを「ブッとびつつも愛嬌のある描き方」で表すこのアーティストは、(奇人変人に属するかもしれない)ラヴェルにぴったりではと感じたのです。それでお願いのメールを書き、交信が始まりました。
 びっくりしたのは、この企画に興味をもってくださっただけでなく、たにこのみさんはなんと、ラヴェルが好き(特に『ダフニスとクロエ』が!)というではありませんか。さらには吹奏楽を学生時代にやっていてオーボエを吹いていたとのこと。こんな偶然、あるでしょうか?!
 このプロジェクトは面白いものに成長していくに違いない、とわたしの中で確信された瞬間です。
 たにこのみさんの描く人物像は、モデルに形態的に似ている(似せている)というより、その精神が強く表されています。これもラヴェルという(やや複雑な内面性をもつ)人物を表現する上で、すごく合っているのではと思いました。よくよく考えてみたら、ラヴェルやラヴェルの音楽の特性をあまり知らない人が、あるいは親近感をもってこの人物に近づけない人が、この企画の絵を担当したら、どんな風になっていたか……
 この出会いの偶然性はやはり、ただごとではないと思いました。(⻆谷さんの感と勘に脱帽!)
 と、こんな風にプロジェクトは始まり、つづき、発展成長し、最終回を迎えてウェブ上の公開は完了しました(2022年3月)。これでいつもやっているように、紙の本(POD=プリント・オン・デマンド)とキンドルでの出版へと旅立つ準備が整ったというわけです。
 これを書いているのが2022年5月、出版されるまでには、また一山超えるためのワクワクする冒険が待っているはず。制作過程における偶然性というのは、オープンマインドな道を勇気をもって進むクリエーターにとっての天啓なのかもしれません。

                * 

 いやはや、ここまでの文を書いてから約一年がたち、いまは2023年3月。この間、制作者のさまざまな事情で、しばらく作業がストップしていました。そしてこの2月、めでたく再スタート。時間はかかりましたが、出版への信念は変わることがなかったので、心配はしていませんでした。そして万歳! やっと本になります。ウェブとはまた違った形で、この作品が読者に広がっていくといいなぁと願っています。
 (天国にいる)コンガーさん、そしてエクハルトさん、ベッツィーさん、⻆谷さん、たにこのみさん、それからこのラッキーな展開と偶然性に心からのサンキューを!
                   2023年3月 だいこくかずえ

『小さなラヴェルの小さな物語』より

小さなラヴェルの小さな物語 
テキスト:コンガー・ビーズリー Jr. 絵:たにこのみ
訳:だいこくかずえ デザイン:⻆谷 慶
156 × 234mm、144頁
ペーパーバックkindle版 ¥500もあります)
税込価格:¥1,320 2023年3月、葉っぱの坑夫より発売
*2021年8月〜2022年3月、葉っぱの坑夫のサイトで公開した同名の作品を再編集してペーパーバックと電子書籍にしたものです。ウェブ版はこちらです。

書店やブックカフェの方へ
この本はリアル書店など本を扱っているショップに、葉っぱの坑夫から直接卸しています。興味をもたれた方、本を扱ってみたい方はぜひご連絡ください。取引の詳細をお伝えします。editor@happano.org


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?