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アイドルとアーティストの間にある(ない)ものを探してみる

ひょんなことで、MAZZEL(マーゼル)というボーイズグループ(アーティストグループ by Wikipedia)の『MISSION×2』という動画シリーズを見ることになりました。これはMAZZELを結成するために、BMSGという音楽プロダクションが行なった発掘オーディションの記録です。30分少しの動画がシリーズで12本(最後の4本は1時間越え)。

まずはMAZZELに注目するきっかけとなったことを少しだけ書きます。ローリング・ストーンという日本の音楽誌(元はアメリカ発)があります。そこで音楽ライターの小熊俊哉さんの記事を読んでいて、サイドにあった人気記事のところに、このMAZZELのメンバーのインタビューが複数入っていて、ん?と思ったわけです。そもそもは前回の記事「伝統は忘れて。世界各地のローカル楽器が出会い、出自不明の音楽世界が!」の終わりのところで、蛇足として、別のボーイズグループ(アイドル系)の発掘オーディションについて触れたことと関係しています。(この記事は音楽と制度の関係について書いています)

小熊俊哉さんの記事というのは、9月にシカゴとオースティンに取材旅行に行って、現地で体験したライブやフェスタ、さらには街と音楽、人々と音楽の関係などを綴ったものでした。非常に面白くためになる4回シリーズの写真多数の記事で、実はこれを読む前に、Monthly Playback(blkswn radio:黒鳥社のYouTube番組)ですでに3時間30分、同じ内容の動画を見ていました。こちらは黒鳥社の若林恵さんとの対談(というかダラダラしたおしゃべり)で、3時間30分と長いです(いつもは全部見てない)、でも面白かったので、今回は終わりまで見ました。

そういう記事を載せている、いまどきわりと貴重なメディアである(と思われる)ローリング・ストーン誌で、人気記事として上がっていたことで、MAZZELに注目したのです。(ここまで来るの長かった!)

いや、でも、音楽誌をよく読んでいる人でないと、それがどんなタイプの雑誌(メディア)かはよくはわからないものです。おそらくローリング・ストーンも、2、30年前、いやもっとか、であれば、洋楽のアーティストや新譜が中心だったと思われますが、J-POP、K-POPの人気上昇後は、邦楽系がかなり中心記事になっているのではと思います。

ローリング・ストーンのサイトのカバーページを見ても、「オアシスの名曲TOP40」という記事があるものの、多くは邦楽系のニュースに見えます。(ただし小熊俊哉さんの記事に関しては洋楽系が多くを占めている) まあ、これがここ数十年の日本のポップス・ロック系の音楽シーンの中心ということなんでしょう。

で、本題です。人気記事、MAZZELのメンバーのインタビュー記事をパラパラと見ていて、ん?このグループは、先日見たアイドルグループとは別物なのか、それとも同じなのか、という疑問が湧きました。インタビュー記事の中で、メンバーの一人、NAOYAという人が次のような発言をしていました。

自分がやりたいのはアイドルというよりも、しっかり音楽で世界を目指せるアーティストだと思うようになりました。アーティストとアイドルの境界線が何かはわからないですけど….(後略)

ローリング・ストーン(2024/08/16)より

アーティストとアイドルの境界線はわからない。本人にとっても、その分かれ目は言い難いものということか。あるいはそんなものはないのか。わたし自身はMAZZELを知らなかったので、どっちのカテゴリーに入るのか、想像もつきません。

そこでローリング・ストーン誌の検索で、以前にNetflixで発掘オーディション動画を見た、アイドルグループの名前(Timelesz)を入れてみました。出てきません。Googleでも雑誌・サイト名とグループ名を入れてみましたが、結果は0でした。ということは、ローリング・ストーンではTimeleszとMAZZELを区別していて、記事でアイドルを扱うことはなく、MAZZELはアイドルではなくアーティストだから記事にしている、ということなのか。

とするとやはり、その分かれ目が何かが気になります。そんなことから、ではMAZZELとは何かを探るために、発掘オーディション動画のシリーズを見てみることにしました。はたして彼らはアイドルではなく、アーティストなのか。そうだとした場合、そもそもアーティストとは何なんのか。どういう人をアーティストと呼ぶのか。

Artist=芸術家? 芸があって術があって、それで独り立ちしている人? いやいやアーティストはアーティストであって、芸術家とは違う? ミュージシャンという言い方もあるけれど、アーティストという言い方が(自らのパフォーマンスに対して意識的である、など)増えている気もします。そっちの方が上みたいな。ミュージシャンは職業のタイプであって、アーティストはその人がどんなステータスにいるかを示している、とか?
日本語でいうアーティストは、英語のartistよりやや軽いニュアンスがある気もします。

商業の世界で絵を描いている人は、イラストレーターと言われることが多く、画家とは言いませんし、本人も違うと言ったりします。また芸術家でもない、と(アーティストという呼び方はまだあり得ますが)。商業の世界で描くということは、クライアントから請け負っているわけで、自発的な創造活動ではないから、芸術家(artist)ではない、ということなのか。

でもバッハやモーツァルトだって、パトロン(クライアント)から請け負って曲書いてましたよね。彼らは芸術家と呼ばれています。

MAZZELが、あるいはメンバーの面々がアーティストなのか、そうでないのか、なんて誰にもわかりません。ただ『MISSION×2』は発掘オーディションであり、発掘というからには、応募してきた人々はプロ以前の、素人を含む志望者と考えていいかもしれません。実際、この動画の中では、トレイニー(trainee)とか練習生と言っています。

練習生は10代後半から20代前半の人のようですが、子ども時代に芸能プロダクションにいたとか、ダンススクールに通っていたとか、現在ダンスのインストラクターをしているという人もいたりします。踊ったり歌ったりが大好きで、それでプロになりたいという人たち、いやそうじゃないかも。これはボーイズグループの応募なので、MAZZELというグループに参加したい、ということが当面の目標ということかもしれません。だってボーイズグループでやってられるのが30歳以前とするなら、その後は、違う道を探さねばならないから。

ボーイズグループのMAZZELをやりたい、というのと、アーティストになりたいというのでは、もしかしたら微妙に違うのかも。

そうであるなら、MAZZELとアイドルグループTimeleszとは、取り組みにおいてはそうは違わないとも言えるのか。いやそうではなく、アイドルというのはアイドルという制度に入りたい、その中でアイドルを表象するメンバーとして活動したいということであり、MAZZELのメンバーが言うように、「しっかり音楽で世界を目指せるアーティスト」になることが目標ではない、ということなのか。

ここで一旦、取り組みにおける態度は置いて、パフォーマンスそのものを比べたときには、何か大きな違いがあるのか見てみます。どちらのオーディションも応募者がアマチュアに近い人が大半という点では、似たところがあります。ただ選考する側から見ると、アイドル系のグループのための選考と、構成メンバーをアーティストとみなしている選考とでは、選ぶときの基準が違うかもしれません。また応募する方も、あっちはアーティスト系の意識高い系だから、自分は無理、とか? やりたいのはそれじゃない、とか?

両応募者のパフォーマンスを見比べて、なかなかどっちがどうとは言い難い面は確かにあります。個人差もあるし、オーディション環境も違うし(一方は伴奏なしのアカペラで歌い、もう一方は伴奏が用意されているなど)。

一つ言えるのは、MAZZELのオーディションには、同じ事務所のBE:FIRSTのときの審査で落選した人が4人ほど混じっているようでした。つまり練習生の先輩格(前期生)のような人たちが含まれている。その4人の中に頭ひとつ抜けているように見える人がいました。そしてその人は、このオーディションの途中で(自ら)外れました。

発掘オーディションを運営するBMSGという音楽プロダクションは、オフィシャルサイトもアートっぽいつくりで、スローガンは「才能を殺さないために」、クオリティファースト、クリエイティヴファースト、アーティシズム、そして「革命的」「媚びない」「マイノリティたれ」「性差や立場の差に自覚的」etc. がミッションとありました。『MISSION×2』の作り、シリーズ12本制作という徹底ぶりも含め言っていることとの大きな違和感はありません。

ボーイズグループのダンスと歌というものが、どういうものか、どのあたりを目指しているのか、というところがわかってないので、単純にパフォーマンスの査定のようなことはできませんが、アマチュアの音楽&ダンス好き男子が、トレーニングを積んで、化粧やファッションやステージマナーも学んで身につけ、短期間でデビューまでこじつける、というのがこのプロジェクトの基本プランでしょうか。またそのあたりがあり得る成果の最終形として限度というか、良くも悪くも想定範囲のように感じました。

歌とか踊りはある程度、生まれもった才能を基本とする部分があって、トレーニングの経験値とは別だったりもします。ただアマチュアであっても、「好き」という気持ちと、そのボーイズグループがイメージしているもの(レベルも含め)に合っていれば、本物のプロ級のダンサーやシンガーでなければならないことはないでしょう。
ダンスや歌がプロ級だからといって、ボーイズグループにふさわしいとは限らないので。

オーディションのときのパフォーマンスを見ると(特に審査の最初の段階では)、どの人もおおよそアマチュア〜半アマチュアと言っていいように感じました。実際、歌もダンスも未経験という人が多数いました。数人いっしょに激しくステップを踏んでいるときは踊れているように見えても、何もしていないときの立ち姿を見ると普通の人(ダンサー的でない)、といったこともあります。

こういったタイプのダンスのトレーニングのメソッドというものがあるのかないのか、わたしは知りませんが、からだを隅々までコントロールして使いこなすには、振りを覚えてステップを踏む以前のトレーニングがありそうにも思います(他のタイプのダンスから想像するに)。ストレッチ的なことから始まって、筋トレとか関節の柔軟性とか。体の各部位が、手足の先の先まで独立性を保って自由に操れることは、ダンスにとって(多様な振り付けをこなすには)大事かな、と。ただしこれらのことを徹底して身につけるには、何ヶ月単位の時間ではたぶん間に合いません。
その意味で、MAZZELのトレーニングやオーディションを兼ねた合宿は、何週間単位ですから、もともとそういったことを目指しているものではない、と考えられます。

その意味では、アイドル系もアーティスト系もそれほど大きな違いはないのかもしれず、それぞれの取り組みの姿勢や、目指しているものの仕上がりイメージが違うということかもしれません。
もちろん、それが些細なこととは思いませんが。

MAZZELというボーイズグループは、アーティスト精神をもったアマチュアのダンサー・シンガーが、一定期間のトレーニングを積んで、人々を楽しませることができるところまで成長してデビューする、というミッションによるプロジェクト、と考えるのがいいように思います。(間違ってます?)
だからグループ誕生までのシリーズ動画の制作、公開が大きな意味をもってくる、といった。

このプロジェクトが商業ベースであることを考えれば、それで当たれば、成功です。そこには受け手、見込みファンである主として若い層の人々が何を求めているか、何が好きかということと深く関係しています。

長年訓練と経験を積んできた本物のプロのダンサーとプロのシンガーが、グループをつくって、レベルの高い踊りと歌を見せたとして、それが商業的に成功するかどうかはまた別の話。そういうものが求められているかどうかも、わかりません。
もっと言えば、グループを組むとき、一定以上のレベルにある者を完璧に揃えるのではなく、少し劣った者(が、キャラクター的に魅力があるなど)を混ぜておく、ということも考えられます。ファン心理という点で見ると、あり得る気がします。

とするとBMSGの言う、クオリティファースト、クリエイティヴファースト、アーティシズムは、目標ではあるものの、ある限られた範囲内での、商業的成功という目標下におけるミッションかな、という風に解釈できます。既存のボーイズグループの制度とは違う、新たな、アイドル系とは一線を画す、別の制度を打ち立てて実現する。
それは意欲としていいことだし、アイドル系ボーイズグループとは、実質的な違いが確かにあるのかもしれません。

MAZZELをオーディション途中で抜けた、前期練習生のことを上で書きました。『MISSION×2』の動画の中でも、それについての説明というか、いきさつを知らせるシーンがありました。正直、そのREIKOというパフォーマーは当初の4人の練習生の中で抜きん出ているように見えたので、驚きがありました。この人がいなくなっても、このグループは成り立つのだろうか、と。外れることになった理由ははっきりしませんが、本人がここ(ボーイズグループ)は自分の活動の場所ではない、と感じた可能性もあります。実際、その後、同じ音楽プロダクション(BMSG)から、ソロデビューしています。アーティスト志向を高めていった結果、グループでの活動に限界を感じたということかもしれません。(まったくの想像ですが)

MAZZELという売り出し中のボーイズグループの成り立ちを探ってみることで、そして2020年に人気ラッパー(SKY-HI)によって設立された、BMSGという音楽プロダクションのあり方に目を向けることで、広くアートとは、アーティストとは何かということを考えてみました。

最後にこの記事の課題である、アイドルとアーティストの間にあるものについて、マイケル・ジャクソンの例を見てみます。
ボーイズグループの草分け的存在と言われるジャクソン5から出発したマイケル・ジャクソン。日本語版ウィキペディアの「マイケル・ジャクソン」のページに、「アイドルからアーティストへ」という項目がありました。マイケル・ジャクソンが、アイドルだったジャクソン5時代から次第に自主プロデュースに取り組むようになり、のちに『スリラー』をプロデュースするクインシー・ジョーンズとの出会いもあってアーティストへと進化していった、その軌跡が記されています。

(エピックでの)活動初期は、モータウン時代同様、自主プロデュースをすることが許されず、(中略)マイケルは、このことに再び強い不満を抱いており、特に、2作目については「オージェイズの古い曲『ラヴ・トレイン』みたいで、必ずしも僕達のスタイルじゃない」「アイデンティティを失いつつあった」と、当時の幻滅ぶりを明らかにしている。

Wikipedia「マイケル・ジャクソン」より

なるほど、レコードレーベル下(制度内)での活動にあきたらず、不満をもったことで、自主プロデュースへの道を歩んでいったマイケルは、アイドルとアーティストの間にある境界を超えていったパフォーマーの成功例の一つかもしれません。

タイトル画像:MAZZEL 1st Album『Parade』2024.03.20 CD Release


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