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次の日曜日で5年:イドゥザ・ルフミョ Idza Luhumyo(ケニア)

COMPILATION of AFRICAN SHORT STORIES
アフリカ短編小説集 
もくじ

イドゥザ・ルフミョ(Idza Luhumyo)はケニアの作家。ナイロビ大学で法学士取得、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院で比較文学(修士課程)を、テキサス大学でクリエイティブライティングを学ぶ。2020年、『次の日曜日で5年(Five Years Next Sunday)』でケイン賞を受賞。(作品のあとに詳細)

Title photo by Rod Waddington (CC BY-SA 2.0)


Idza Luhumyo


あたしのドレッドは間もなく5年。ドレッドは流れる、水みたいに。フワフワもこもこして黒い。すごく濃い色。誰にも触らせない。黒いスカーフで髪をおおってる。髪がどれだけ巻いて、どれだけ重いか、この土地の期待がそこにのしかかる。ここまで雨なしで4年。トウモロコシひと袋は金の価値。水は神さま。あたしたちが学んできたこと、それは乾き、そしてさらなる「乾き」。これほどの乾きを知らない、記憶がない、これほどの口の乾きを。信じてほしい。

ニーマがあたしを呼び寄せたのはある午後のことだった。200シリングを手渡して、DWLの水10リットル缶を買ってこいと。「ジュマーの店に行ってきて」 そう彼女は言う。「あいつのところの値はまだマシ」 安全のため、「あんたは知らないだろうけど」と言って、弟たちに一緒に行くように言う。両脇に二人を従える、ボディーガードかって。だまって歩く、これまでも、この二人とはほんの少ししか口をきいたことがない。この兄弟二人はあたしの使ったコップは使わないし、室内スリッパでさえ履かない。ジュマーの店に着いて、あたしは日よけの下で順番を待つ。弟二人は後ろにさがって、決闘の真似ごとをし、クスクスと声を漏らしながら、10代の男の子がするようなこと、ありあまる時間を限られた場所で費やすときにするあらゆることをやっている。と、あたしの手の中のコインが一つ転がり落ちる。屈んでそれを拾う。そのときスカーフが滑り落ちる。あたしの髪が露わになる。ため息が聞こえる、あたしのではない。あたしが体を起こすと、男がスカーフを手にしている。口をポカンと開けている。白人の男。がっしりした体に窪んだ目。なんかカラカラに乾いてる感じ。あたしたちが経験している、3年間雨が降らないことから来る乾きとは違う。小さな頃から放っておかれ、乾ききって死んでるみたいな。この男を潤すのは何か。
*DWL (Dutch Water Limited):2006年設立のオランダの投資会社で、ケニアで飲み水を配給している。

「きみの髪」 男がそう言う。「ビューティフル」
彼が手を伸ばす。あたしが怖い目で睨んだのを見て、手をとめる。「悪かった」 そう口ごもる。ズベダのところのムズング(白人)だ、とみんな知っている。人の髪に触って何しようってんだ? そのズベダがどこからともなく現れる。彼女のあたしを見る目は刃物みたい。ズベダが男を向こうに追いやる。ムズング・ワング(あたしの白人男)、そう目が言ってる。店主のジュマーが笑い転げる。「あんた、白人男を惑わせてる」 そうあたしに言う。あたしは笑わない。白人の男はあたしのスカーフをもって行ってしまう。露わになって、あたしの髪はひどく重い。

次の日、あの男が父さんの家の前に立つ、昨日の白人の男。あたしは寝室の窓の格子から男を見つける前に、臭いでわかった。双子の弟の一人が父さんを呼びにいく。そして、「ピリ」と父さんが呼ぶ。あたしは居間にのろのろと歩いていく。あの男がソファに座ってる。今日も乾いてすさんだ目をしてる。体の中が空っぽみたいな。何かを探してるような、自分を埋めてくれる「何か」を。男の目は今日もあたしの髪を見てる。

「きみのスカーフをもってきたんだ」 そう彼が言う。
あたしは彼を見る。
ババが代わりに言う。「ありがとう」

ババの口元に大きな笑い。こんな風に、一度だってあたしに笑いかけたり、泣いているあたしをひざに座らせたり、あやしたりしたことなどなかったのに。だけど今、なぜ? それからニーマだ。あとで、白人の男が帰ってから、男の視線があたしの髪にとどまり、父さんの果てしない笑い声が辺りに漂っているとき、それを聞いて、あたしの部屋に入ってきたニーマがにっこりしてこう言う。「友だちができたんだって?」 何も言うのはやめよう。ショック、でも嬉しさが鳴る。これまでずっとニーマはあたしを避けてきたのに、部屋に来て、ベッドに座り、恐ろしいと言っていたあたしの髪についてしゃべるなんて、いったいどういうことか。ニーマは何年もの間、母さんと呼ばせなかった。「名前で呼んで」 そうあたしに言う。弟たちがそうしてるように、マーと言ってしまったときに。雨乞いになることを、あたしの髪で雨を呼ぶことをニーマは許さなかった。だから声をかけたいときは、ニーマと言う。なのに今日は、違う歌が聞こえてる。ニーマは笑顔を見せてる。ニーマはあたしを「あたしのキチュナと呼んでる。スカーフをそっと滑らせてあたしの髪を触り、こう言う。「このスカーフ、被るのやめた方がいいんじゃない」 ショック、でも嬉しい。マー、何度も何度もそう言いたい。あたしに笑いかけるマー。それを失いたくない。だからそうすると約束する。そうすれば弟たちみたいに振るまえたり、マーと呼ぶことができる。
*キチュナ:kichuna(スワヒリ語で愛しいもの、かわいい人などの意味)

1週間後、市場から帰ってくると、またあの男がいた。父さんと弟たちが、男と居間に座ってる。みんなでクスクス、ゲラゲラ笑ってる。台所ではマーが大忙し。にんにくと生姜の臭いがして、ピラウのスパイスがフライパンでジュージュー音をたてている。レモンもある。クリスマスじゃない、なのにハキヤナニ(なんてこった!)、これってクリスマス・ピラウじゃない? で、クカアンガのピリピリ・ヤ・クアーンガ(調理した唐辛子)で完成ってわけ? 搾りたてのパッションフルーツのジュース。台所の床には、たくさんのトウモロコシ粉、小麦粉、プワニ油の缶、ムミアス・シュガーの袋も。ニーマがあたしを見て微笑み、それから顔をしかめる。あたしの頭からスカーフをグイと引っ張る。
*ピラウ:ピラフの語源となるアフリカ東部で、お祝いのとき食べられる炊き込みご飯。

「わかったとばかり思ってたのに」 そう言う。「それ外しなさい」

男はあたしの髪から一瞬たりとも目を逸らさない。彼はセスと名乗る。それをあたしは信じない。セスなんて名前には見えない。彼は一人ではない。隣に同じ肌色の人間が座ってる。彼女の目は、見たことないほどの悲しみに満ちている。叱られた子どもみたいに男の隣りに座ってる。いごいごしない、じっとしてろと言われたみたいに。みんな素敵な時間を過ごしているみたい。あたしとその女の人以外は。その人の下唇には赤い細い線が、そして反抗的な額。その目は何かに(あらゆるものに?)お願いしているみたい。両親の笑い声、弟たちの忍び笑いの中で、母さんのクリスマス用食器に盛られたピラウを黙って食べる。テレビはオン。父さんがこの3年間の干ばつについて話す。そして 首を振る。政府をなじる。白人の男は父さんの一人語りにもぐもぐと答える。目をあたしに当てて。その後、あたしとセスを残して、みんなは居間を出ていき、マーは女の人を他の部屋に導く。その人の名前はハニー。マーが言う。「ハニーですって、なんて名前でしょう」 みんなが出ていって、セスとあたしは黙って座る。変わった男だ。この男には乾きがある。

「また言うけど」 そう男が言う。「きみの髪、きれいだね」
「ありがとう」 そう言って、ハニー(はちみつ)のことを考えている。どれほどベタつくのか、ぜったいに腐らないのか、どんな……味がするのか

男は髪を触るのをやめられない。匂いを嗅ぐ。食料を詰めた袋があたしの両親の元にとどく、何度も何度もやって来る。するとあたしの親にある考えが浮かぶ。セスを傍に呼んで、何時間も話をする。お金が手渡される。すぐに両親は家の前に店を開く。そのせいでジュマーの店は廃業した。

「雨はもういらない」 そう彼らは言う。「あんたは髪を切らなくてすむ」
両親は笑顔。マーの笑顔はとまらない、あたしの髪をなでる。「神の恵みだよ」 そう囁く。

太り出した、あたしの両親は。歩くのに苦労している。何ヶ月かたった。あたしの髪の毛はもうすぐ5年目に入る。干ばつはひどくなる。セスはズベダの元を去る、あたしと暮らしはじめる。彼があたしの髪のことを話し、なでるとき、声がつまる。両親の商売は活況を呈する。お金がどんどん入ってくる。両親はこの地域の他の店いくつかも廃業に追い込んだ。二人は干ばつに感謝している。あたしをそばに呼ぶ。
「雨乞いはいらない」 そう言う。
弟たちはうなずいて、それに同意する。あたしに話しかけるようになる。日々のこと、学校でおきた自慢話、悪ふざけのことなど。モンバサ航空で研修を受けるのをやめても、誰も彼らをいさめない。家の商売のせいでお金に不自由しなかった。セスの名前が神格化する。あたしの髪は小さな神さま。

家の前には車が何台も駐車している。両親は井戸を掘り、ポンプを設置し、20リットル缶の水を法外な値段で売る。通常の30倍なんていうこともある。あるいは50倍とか。弟たちは2号店、3号店、4号店を画策する。両親は弟たちの花婿持参金を蓄えている。マーは本を読むことをはじめる。ライフスタイルマガジンを買う。日曜の午後は、モンバサ・リゾートで過ごし、ビーチチェアに寝そべって海を眺めたり、目の上にきゅうりのパックをしたり。両親はスポーツクラブに行くようになり、ピアノ・コンサートや芝居に行くようになる。父さんはニューズウィーク、タイムズ紙、リーダーズダイジェストを購読する。二人は隣のスワヒリ建築の家を買おうと考えている。それを解体して、自分たちの趣味に合うものを立てようとしている。新しい家のことを両親は話す。彼らの心の真ん中に、はっきりくっきり事細かに。そこには文化の香りが満ちる。ニューオリンズ・ブルースをかけるレコードプレーヤー、窓辺で陽の光をうける鉢植えの植物。外の明かりを遮断するずっしりとしたベルベットの紫色のカーテン。白いサンゴ石の壁に掛けられたゲストの関心を呼びそうな大きな絵画。日常の音を吸い込むペルシャ絨毯。天井のアフリカチーク材の深い茶色に合う糸杉の家具。窓は床から天井まで届く大きさ。輝くばかりの美しいキッチンは、色とりどりの花々が咲きほこる庭に向かっていて、そこには小さな池があり、アヒルが(これは食べるためじゃない)気ままに泳ぎまわる。

あたしは23歳を迎えようとしている。5年目に入るまであと2、3週間。マーは気に病んでいて、日に二度はこう訊く。「雨はいらない、よね?」 もうすぐ雨なしの5年目に入る。シチズンTVではイスラエル人の専門家が、自分の国がいかに砂漠であるかを語っているけれど、あの人たちがやったこと*を見てごらん。父さんはあたしに笑いかける。その笑みはウィンク。「雨はいらない」 そう口にする。それは父さんの歌になった。父さんが笑う。あたしも一緒に笑う、父さんをなだめて安心させる。
*イスラエルは海水の淡水化などの水技術により、今では水資源分野で超大国になった。

セスがビーチのそばにアパートを借りる。ときどき、ちょっと趣向を変えて、あたしたちはホテルの部屋に行くこともある。彼にはお金がある。気まぐれも。そうであっても、行き詰まり何かを待っているように見える。毎晩毎晩、彼は火のついていないタバコを手に、バルコニーの手すりにもたれる。海の水をじっと見ている。

「きみの両親はわたしのことをムズングの一人に過ぎないと思ってる」 ある晩、そう言った。
「ちがう、あの人たちはあんたが好きなの」 あたしが言う。
「好きではない」と彼。そしてあたしの方を見て笑い、強くこう言う。「わたしの金が好きなんだ」
「でもあたしはあなたが好きよ」とあたし。
「いいや」 彼が答える。「きみはハニーが好きなんだ」 そう言うと立ち去る。

彼には友だちが何人もいる。彼らは騒々しい。彼らはじろじろ見る。手を伸ばして、あたしの髪に触れてもいいか訊いてくる。ただの髪の毛に過ぎない。それでも「こんな髪は見たことない」と言うのだ。「なんていうか、、、自然そのもので」と。「本物だ」

彼らは身震いする。たいていみんな男ばかり。でも時々、女たちもいる。いや、女たちじゃない、一人の女。ハニーだ。もちろん本当の名前ではない。誰も、セスも含めて、誰も本当の名前など使ってない。

彼女は不安気な目をしている、ハニーは。素敵な笑顔も。野生的で美しい心は絶望に囚われている。身に合わないアフリカにいる。あたしは彼女を好きになっても、自分を保てる気がしている。彼女があたしをじっと見るのをとらえる。目が合うと、あたしたちは笑いだす。一晩中、互いを見て過ごした。イラン経由でベルギーから来たの、ついに口を開いたとき、ハニーはそう言った。「セスと同じ」と言う。あたしはイランの場所が頭に描けない。あたしは彼女を信じない。それでもその嘘を許す。彼女の中にあたしの気を引く何かがある。たとえば悲しみ、意志の強さ、ストイックなところ。ハニーは世界の反対側を見てきたみたいに見える。中を外に、あるいは外を中にひっくり返して。そんなわけで、彼女は何に対しても期待しなくなった。

そうであっても。
無防備な優しさ、まるでほんのわずかな優しさにも、彼女のところにやって来て本名は?元気なのか?ヤアニ(そうなの?)、本当に大丈夫、そう訊かれた人に簡単に心を許してしまいそうな。あたしは彼女をすくいあげ、守りたい。ハニーはあたしをじっと見る。目をそらすことができない。

また別の夜のこと。ハニーはパーティで談笑している男たちの元からあたしを連れ出し、タバコを吸うかと訊いてきた。あたしは首を振り、吸わないと言う。でも彼女と一緒に外に出る。

「あの人たちみんな、その髪のとりこになってる」 そう彼女は言う。灰を落とし、また煙を吸う。「あきあきしてるんでしょ?」
あたしは笑って答えない。
「髪を切って売ろうと思ったことはないの?」 ハニーが訊く。
あたしは顔をしかめる。「髪を売る? どうして?」
それを受けて、首を振り、しかめっ面をあたしに返してくる。
「あなたたちアフリカの女性は、いつもあたしたちのウィッグをつけてる。あたしたちが驚いてるって知らないの?」 そう彼女は言う。
やっと彼女の言ってる意味がわかった。ハニーはセスに恋してるんだ。自分自身よりも。ジェラシーから、あるいは愛している人を傷つけたいという屈折した感情から、あたしはこう言う。「あたし、彼を愛してなどいない、わかるよね?」

ハニーがじっと厳しい目であたしを見る。そして眉をひそめてまたタバコを吸う。こんな静かな怒りを見たのは初めて。すると彼女はこう言う。「そりゃそうだよね、愛してなんかない。ワズングはバカで何も知らないって思う?」 こう言いながらハニーは自分の頭をコンコンと叩く。「すべてお金のせいだって、知らないとでも?」
*ワズング:ムズング(白)と同じ、白人を意味する。

彼女の目が興奮で光っている。でもよく見ると、そこには敗北の怒りがある。あたしは奥の手をつかう、ハニーを深く傷つけたい。「あたしが彼を手放したとしても、あなたのところに彼はいかない」
「あたしたち、そのバカげた髪のせいだってわかってる」とハニー。
ハニーが吸い殻を足でもみけす、裸足の足の裏で。愛の火傷。

また別のパーティで。彼女は一晩中、あたしのことを見ている。それで彼女がバルコニーに出ると、あたしはついていく。ハニーは最初の1本を黙って吸う。そして1本勧めてくる。あたしは受けとる。今日の彼女は少し違う、優しい。

「髪を切ると何が起きるの?」 ハニーが問う。
「ハニー、どうしてあたしの髪がそんなに気になるの?」
「彼がそれを愛してるから」
「彼の愛してるものなら何でも気になるの?」
「話を変えないで。髪を切ると何が起きるか教えて」
「信じないと思う」とあたし。
「教えて」

何が起きるか、それを彼女に言いたい。雨が降る、これまでになかったくらいの雨が。そこには怒りがある。乾きへの恐怖(死)がどれだけ強かったとしても、髪に雨をもつ人間の恐怖はもっと強烈なもの。だから、誰かが男たちに警告を発するとすぐ、彼らはあたしの元へやって来る。たぶん、警告を発するのは双子の弟たちだと思う。男たちはその手にたいまつを持っている。彼らはあたしから色を剥ぐ、あたしのサンガジミ(叔母さん)が残していったキストゥ*の赤、黒、白の色を。そして耳たぶにあたしはイヤリングの赤い鋲をつけ、さらには青い室内スリッパを履くだろう。あたしは放棄され裸足になる。彼らは前の晩に染めた黒い布、かろうじて黒に染まった布であたしを覆う。それは効き目がある。あたしの内部が黒くなったと感じる。荒涼とした黒の世界。両親と弟たちは影の中にいる、そしてあたしが火を飛び越えるのを見ている。その火はテスト、試験。二つの世界がある、男たちは燃える火を前にそう話す。火の右の世界、そして火の左の世界。安全はこの二つの世界の中にある。あたしの親、弟たち、男たちは火の隅にいて、そこから見ている。あたしは心の準備をする。そしてジャンプし、火の真っただ中に着地する。それで良いと肯定する物音が火の端から聞こえてくる。父さんが声をあげ、弟たちが拍手し、男たちが足を踏み鳴らす。母さんはひとり静か。誰かがあたしを赤ん坊みたいに抱き上げて、魔女の住む場所に追放する準備ができる。雨をもつ女たちがみんな送り込まれる場所。誰かが歌をうたいはじめる。あたしがムツァイ、ムツァイ、ムツァイの歌声にみんなを、母さん、父さん、弟たちを誘う、唱和させる、信じてほしい。
*キストゥ:ケニアなどスワヒリ社会で着用されている布で、様々な色による細かい模様がある。悪霊から身を守るなど、スピリチュアルな意味が込められることもある。赤・黒・白の組み合わせが基本。赤は処女性、黒は処女喪失の苦痛、白は精子を象徴することもある。

でもこのすべてをハニーに話すわけではない。
「雨」 そう言う。「雨が降る」
「あーそうなの、そういう女なのね、雨乞い?」とハニー。
ハニーの顔つきに、何かが戻ってきたのが見える。
「そう」 あたしは慎重にそう言う。
「その人たちのことを聞いたことがある」 そう言いながらあたしの方に近づく。「誰からそれをもらったの?」
「父さんの姉さんから、あたしのサンガジミから」 そう答える。
ハニーがあたしのそばに立っている、近すぎる距離に。彼女はしばらく無言でタバコを吸う、あたしの目をじっと覗きこんで。ものすごく強く鋭い目つき。緊急事態、必死で頭を回転させる。彼女の髪は短いピクシーカットで、前髪が目の上に垂れている。ハニーは丸顔。えくぼには忘れがたいものがある。ハニーがあたしに笑いかけると、報われたと思う。彼女は2本目に火をつける。そして言う。「あなたの髪は何年になるの?」
「こんどの日曜で5年」 あたしは答える。
「つぎの日曜ってこと?」
「そう」
「じゃ、もう十分な年月ね?」
「そう」
「それやるの?」
「あたしの家族は必要ないって言ってる」
「でも雨がずっと降ってないんでしょ」
「そう」
「この土地に対して責任があるんじゃないの」
「おそらく。やるべきかも。でもいま、家族はあたしのことを好きだから」
「家族はあなたを愛してなかったの?」
「そんなことはない。髪の毛のせいで。恐れてただけ」
あたしたちは黙った。ハニーはまた1本、タバコをくわえた。それからまた1本。あたしは煙が口にの中に吸い込まれるのを見る、そして輪が吐き出されるのを。
「彼を愛してるわけじゃないの、いい?」 少しの沈黙を置いてそう彼女は言う。ハニーは頭の中で何かを決心したみたいに話す。「彼は、中毒患者みたいなものなの。中毒患者。それを忘れないで、誰かがその呪いを解かないかぎりね」

二人は押し黙った。長いこと。
あたしは「ったく」そう言って沈黙を破る。「誰か来たわけ?」 とあたしは尋ねる。「呪いを解くために」
ハニーが笑う。「そうよ」と彼女。「その人、すごい髪の毛だった」
あたしが笑う。
「髪の毛だけ?」
「いえ、髪だけじゃない」 そう言う。そしてまた笑顔になるとこう言う。「その人も雨乞いなの。彼女のサンガジミ(叔母)から受け継いだの」
あたしはハニーに笑い返す。あたしたちはじっと見つめ合う。タバコから煙があがり、空にのぼっていく、そこにあたしたちの心があると思う。恋は空高く。

日曜日。
蜂が絶え間なくブンブンいうのを想像できるなら、男たちがどんな音を立てるかわかる。男たちがあちこちにいる、白人の男たち。ソファに、窓のそばに、セスの大事なデスクの上にも。絨毯の上に男が二人、二人の手にはウィスキー・グラスが。男たちの目は潤んで冷たい。その目の輝きは上等なウィスキー1、2杯からきている。セスは最も役立つものを手にしてる。問題を追いやり、心鎮めるものを。あたしが部屋に入ると、セスは笑顔を見せる。あたしは背後のドアを閉め、室内スリッパを脱いで進む。彼は立ち上がり、あたしの方に近づく。するとハニーがキッチンから現れる。あたしは彼女を見る、が彼女はこちらを見ようとしない。彼女の赤い口紅がくちびるの端からはみ出ている。まるで何かと、あるいは誰かと口で決闘していたみたい。

「ヘイ」 あたしの方を向いてつぶやく。それから顔をしかめながら、ソファの方に進む。あたしは彼女にうなずいて、セスのいるソファに座る。彼があたしを抱き上げて膝に乗せる。ウィスキーのグラスをあたしに渡す。あたしたちは黙ってそれを飲む。男たちの視線を、あたしの髪を見る視線を感じる。口にできない重苦しさがそこにある。

ハニーはソファの一つに体をゆだねる。あたしたちの方をじっと見る。それから立ち上がり、あたしの方へやって来る。「来て」と彼女が言う。「見せたいものがあるの」

あたしたちは廊下を歩いていき、1枚の抽象画の前で足をとめる。繊細な色合いの青のグラデーションで描かれた絵。あたしの頭が絵の中のすべての青に覆われる前に、ハニーがその絵を持ち上げて壁を押す。それは秘密のドアで、白い壁の大きな部屋の入り口だった。白い壁、そして黒い肌。

「セスは壁が白いのが好きなの」 ハニーが言う。「彼は黒い肌を見せるには、完璧な背景だと思ってる」

彼女がセスのことを話すとき、そこには柔らかなものがある。母親が甘やかされた子どもたちの悪さを語るときのような。

そこがどれほどたくさんの肌に覆われていたことか。だだっ広いその部屋に。壁の上の女たちはみんな黒い人、アフリカ人。どの人もドレッドヘア。そこにあたしがいる、一つのコーナー全部をつかって、自分では見たことのないもの。多くの写真はこっそりと撮られた。あたしは初めてそれを見る。髪が集中して撮られている。あたしはカメラに囲まれ追われているみたい。体のどの部分もそこにはない。あたしの髪、巻いたドレッドがすべてを支配している。黙って壁を見つめる。呆然と。

「わかった?」 ハニーがこの前の晩と同じ優しい声で言う。「彼はあなたの髪を愛してるだけ、あなたじゃないの」

「知ってる」とわたし。
「だから切って。彼はあなたに興味を失う。そうしたらあたしたちは一緒になるの」
「でも、あたしの家族は、、、」 あたしはそう言う。
「そうじゃない」とハニー。彼女があたしに近づく。肩に置かれた彼女の手は燃える火。二人はこれ以上不可能なほど近くにいる、でもあたしはもっと近づきたい、あたしたちの間にある距離に橋をかけたい。まったく違う世界からやって来た二人の女は、まだ名づけてられていないものを熱望する、洗礼のために。「あたしにはお金がある。あなたの両親はどのムズングからお金をもらおうと気にしない。あたしが彼らを幸せにするから、いい?」
あたしは彼女をじっと見る。
「それでいい?」 再度、彼女が訊く。ハニーの手はいま、あたしの頬を挟んでいる。彼女の視線は強烈で、焼けつきそう。あたしは顔をそむける、でも彼女の手があたしを優しく引き戻す。「あたしを信じて、お願い。髪を切って、そうすればみんなが幸せになる」

あたしはやる、セスの家で。キッチンに行って、二つのナイフの刃をこすり合わせる。その一つをあたしの髪のドレッドに当てる。半分くらい切り落とすまでハニーがついてまわる。窓の外を見ながら、雲が集まってきて、日が翳って、鳥たちが飛んでいった、とあたしに伝える。「雨が降る」 そうハニーが小さく言う。「つづけて」 あたしが切り終わる前にハニーはキッチンを出ていく。居間にいる人たちと一緒に、あたしを待つつもりだ。そして言う。「あたしが言い出したみたいに見えないよね」

5年後の雨の音を表す言葉は、ただ一つ。マジカル:魔術。あたしは軽くなる。心も、頭も、声さえも。頭皮に風を感じる。でもそこに怒りもある。誰かが男たちに知らせる。彼らはやって来て、手にはたいまつを持ち、髪に雨をもつ人間を探すだろう。彼らはあたしのサンガジミ(叔母さん)にそうした、そして彼女のサンガジミにもそうした。でもあたしにはハニーがいる。男たちが来る前に、彼女を呼べる。そして二人で逃げるのだ。

あたしは最後の一房を切り落とす。家の外では、雷が、そして雨。キッチンを出る。居間に入っていく。誰もいない。セスも、ハニーもいない。男たちもいない。外では雨が降りつづく。あたしはハニーの名を呼ぶ。あたしの声は嘆願、返ってくるのは静寂。雨は耳をつんざく豪雨。そして電気が消える。あたしはスマホの灯りをオンにする。玄関に行って、ドアを開ける。そしてそこにいる男たちを見る。5人いる。みんな手にたいまつを掲げて、ムツァイ、ムツァイ、ムツァイと唱えている。すると何か(誰か?)が見える。 男たちの背後で動いていて、ヘビみたいに滑り去る。見間違いようのないピクシー・カット。その女の片手には髪の房が、クルクル、クルクル、クルクル。

だいこくかずえ訳
原文:Five Years Next Sunday

イドゥザ・ルフミョ(つづき)
2022年12月、ルフミョは『ニューアフリカン』マガジンで「最も影響力のあるアフリカの100人」の一人に選出される。彼女の作品はShort Story Day Africa Prize、the Miles Morland Writing Scholarshipなど数多くの文学賞の候補となってきた。家、帰属、移住、記憶、言語、音楽、階級、社会の末端に生きる女性の日常など、幅広いテーマを題材として作品を書いている。
作品は、Popula, Jalada Africa, The Writivism Anthology, Baphash Literary & Arts Quarterly, MaThoko’s Books, Gordon Square Review, Amsterdam’s ZAM Magazine, Short Story Day Africa, the New Internationalist, The Dark, and African Argumentsなどに掲載されいる。
Wikipedia


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