見出し画像

女将さんー2

オフィスビルのお掃除を請け負う会社の女社長。社長の事を社員はみな「女将さん」と呼んでいました。社長と言っても、現場が性に合っているらしく、デスクにいる姿を見たことはほとんどありません。社長はいつも社員と一緒になってあちこち回り、精力的にお仕事をこなしていました。

私は社長と二人で現場を回ることが多くなりました。社長と二人で仕事をしていれば、取引先の男性社員からセクハラを受けることも、女性社員から心無い言葉を聞くことありませんから、私はお仕事に集中することができました。

いつしか私は、社長から命ぜられて、経理のお仕事もするようになりました。社員の保険や年金の計算をしたり、銀行まで行って当座預金に入金したり、小切手帳に社判を押して金額を打ち込むなど、お掃除以外の様々なお仕事も任されるようになりました。

伝票や帳簿のつけかたも、最初は全く理解できませんでした。なぜ左と右に金額を書くのか。なぜこんなに細かく科目が分かれているのか。なぜ毎日現金が合わないとならないのか。今でも理解できていないことが沢山ありますが、とにかく目の前にあるお仕事、指示されたお仕事を精一杯こなしていきました。

時には新しい取引先を開拓したり、セクハラやパワハラ、支払いのトラブルがあった会社との取引を止める場面にも立ち会わせてもらいました。取引を止めた会社の中には、私を悩ませたあの社員が勤務する会社も含まれていて、取引を止める理由を述べる女将さんの強い口調に、私は少しだけ溜飲が下がる思いがしました。

今思えば、女将さんは私が独立できるように育ててくれていたのでしょう。お掃除のお仕事とはまた違った厳しさがありましたが、一人社長としてやっていけるようになったのは、この日々があったからこそだと思います。

能面のようだった私の顔が、少しずつ表情を取り戻すようになったのも、社長に目をかけて頂いたこの期間があったからだと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?