第009話 オレの夢
イベントが終わってから数日が経ち、瑛斗先輩がどんな想いでイベントに臨んでいたのかを知った。
「絶対一位!」
その言葉に隠された真実は、オレのためでもあった。納得もしたし、知ることが出来て良かったとも思う。だけど、イベント中に教えてくれても良くない? オレ、まじで怖かったんですよ?
でもまぁ、知ってても怖いと感じていたかもしれないけど。だってあの時は、弱気な自分と決別して頑張って見ようと思ったものの、劣等感はあったから。背中を押すための言葉だったとしても、素直に感じられなかったと思う。
オレは靴を履き、いつものように大学へ向かった。空は青く、日差しも暖かい。今はこんなに明るく見えるけど、あの時はこんな風に空を見上げる余裕もなかった。それだけ自分の世界がイベント中心に回っていたってことだ。
最後の配信を思い出して苦笑いが零れる。号泣した事実はめちゃくちゃ恥ずかしいけど、皆に伝えたいことを伝えられたことは良かったと思う。
色々伝えたけど一番何を伝えたかったかと言えば、オレの夢だった。
――イベント開始から三日目。
日に日に瑛斗先輩と1万5千ポイントずつ差が開いていった。
やっぱりだ。
オレには無理だったんだ。
アバターイベントの時に感じた「応援される立場じゃない」という気持ちが蘇り、オレの心がポッキリと折れた。
「心を元気にする世界征服!」
これはオレの夢。
塾講師をしていて、夢を語れない子供が凄く多いなと感じていた。それはどうしてだろうって考えたとき、大人が楽しそうに働いていないからじゃないかなって思ったんだ。
それを変えたい。
一人でも多く笑顔にしよう。
そんな夢を抱えて今まで配信をしてきたけど、やっぱりオレには無理なんだって思った。
応援したいと思われるような存在じゃないって言われたみたいだったし、みんなを笑顔になんて出来ないんだって打ちのめされた。
これが現実。
暗く静かな部屋。重い空気がオレを押し潰す。頭も体も動かず、胸に詰まる何かを吐き出したくても何も出てこない。ただ絶望だけを感じていた。
意識が定まらないまま、手癖のようにスマホをいじっていると一通のメールが目に留まった。
ファンの子からのメッセージだ。
『あなたに出会えた事で、私の日常に少しずつですが変化が出てきました。持病が少しずつ悪化していて、後ろ向きになっていく日々でした。だけど一生懸命頑張っているあなたの姿を見て、気持ちに変化が生まれました。自分も今出来ることを少しずつでも頑張ってみよう。一歩ずつでも良いから前に進もう。そう思えるようになってきました。だからあなたには、立ち止まっている人の背中を優しく押してくれるような力があるんだって知って欲しい』
背中を押す力……。
オレが……?
元気になった人が一人でもいた。
オレの配信は無駄ではなかった。
自分のやってきた事が報われた気がして一気に涙が零れた。
◇
「オレ、本当に嬉しくて……。これが本当に嬉しくて……。ちゃんと届いたんだなって思って……。それに、このイベントを通して色々な人がオレに想いを伝えてくれるようになって……」
最終枠の配信中、思い出して泣きながら話した。
そして他にも頂いたメッセージを教える。
『自分は本音がなかなか言えません。でも頑張りたいと思ってます』
『辞めた音楽をもっかいやりたいと思いました』
『疲れてそうだから肩の力を抜いてね』
『自分も夢を持ちたいです』
『ずっと笑えなかったけど、配信を見て勇気をもらえた。好きなこと今から初めていいんだなって思えた』
「こんなの嬉しいに決まってるだろ! 自分の配信観て変わってくれる人がいるって嬉しくないわけがないだろ! やりたいこと、しっかり伝わってるんだなと思って……本当に嬉しくて……」
本当に嬉しかったから、皆に伝えたかった。
涙も鼻水も気にしている余裕なんてないほど、オレは想いを伝える。すると観てくれているリスナーさんたちからも沢山の言葉が贈られて来た。
『私も元気を貰っている』
『救われているよ』
『勇気もらっている』
『楽しい配信しているよ』
『諦めた夢や希望を貰った』
オレだって……。
オレも皆から貰っているんだ……。
「オレさ、ずっと馬鹿にされてきたんだよ。心を元気にする世界征服って出来るわけないって。だけどさ、今回で気づいたんだよ。俺の夢は大き過ぎるから一人では絶対叶えられないって。でも一人でも変わってくれる人がいることが分かったから、皆に力を貸してもらおうと思った」
この配信で一番伝えたいこと。
お願いしたいこと。
オレは叫ぶように言葉を落としていった。
「自分の夢の共犯者になってほしい! 世界中を笑顔にする為に、手伝ってほしい! 普段から皆には、優しい人になったり、人を助けられる人になってほしい! そうしたら次第に周りも変わって、熱は伝わっていくはずだから。だから共犯者になってほしい!」
オレだけの夢じゃない。
ステキな大人が増えたら、心が元気になると思うから。
皆、応援してくれ
一緒に夢を叶えてくれ
人に優しくなってくれ
人を笑顔にしてくれ
人を助ける人になってくれ
きっかけはオレでいいけど、変わるのは自分達だから。
大き過ぎる夢だから皆で背負って欲しい。
ちょっとでいいから。
「馬鹿にされてたけど叶えたい……叶えたいじゃん!! 夢を語れない奴、一人でも無くしたいじゃん!! でも俺一人じゃ限られているじゃん!! だから俺の話聞いてよかったと思ったら一緒に変えようよ!!」
オレは心の奥底から叫んだ――。
◇
ああ、今思い出すだけで顔が熱くなる。熱過ぎるだろ、オレ!!
改札を抜け、赤くなってしまっただろう頬を隠すように欠伸のふりをする。
実は最終日の配信後、皆の反応を調べるために検索(エゴサ)をした。そこで一緒に泣いてくれた人や共感してくれた人を何人か見つける。
オレの想いは伝わった。
小さな一歩かもしれないけど、夢に近づいたような気がして凄く嬉しかった。
今回のイベントで、誰かの為に行動を起こすと自分に返ってくる。逆も然り。それが良く分かった。
色んなルームの方と交流を深め、配信を観にきてくれた人には分かる範囲で名前とお礼を言う。コメントを普段しない人には特に気にかけた。そうやっていたら、人と人との繋がりが増えて厚みが増していった。
コミュニケーションは絆を強くし、お互いがそこに居ることを認識できる大事なものなんだ。
共犯者を増やすための第一歩だ。
じゃあ、次はどう一歩を踏み出そうか。
もっと強くなりたい。もっと大きくなっていきたい。
瑛斗先輩の言葉が大きく響いてくる。
自分の気持ちを沢山伝えたけど、今度は行動していかなければならない。
しっかり強い意志を持つ事。
執念を持つ事。
これが、人を先導する大きな力になると思う。
夢を応援してくれる人がいるからこそ、この環境に慢心せずに感謝して進もう。
サウンドノベル sound novel
後日追加予定!
※実際の配信はSHOWROOMでご覧いただけます。
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