水星の魔女に魅了された30歳が語る、ガンダムの新たな挑戦
『機動戦士ガンダム水星の魔女』 - 期待から失望へ、そして再評価へ
初期の印象:期待外れのスタート
noteの皆さん、こんにちは。花やんです。今日は久々の『アニメカルチャーマガジン』として、最近注目を集めている『機動戦士ガンダム水星の魔女』について、私なりの見解と感想をお届けしたいと思います。
詳細なストーリーはまだ未視聴の方のために避けますが、私の視点からこの作品の興奮を共有したいと思います。
皆さん、特にガンダムファンの皆さん、『水星の魔女』は見ていますか?物語はとうとうクライマックスを迎え、残りわずか2話となりました。Season3があるのかどうかも話題になっていますね。
私は『水星の魔女』をSeason1から追いかけてきました。昨年10月からスタートしたこの作品には、最初はかなりの失望を感じていました。というのも、私はガンダムシリーズの中で、SEED世代ど真ん中に当たります。そのSEEDシリーズは、ファーストガンダムと同じパターンで構成されていました。
そして、これまでのガンダムは国や国際的組織との地球規模の戦争を描いていました。それに対して『水星の魔女』は学園モノとしてスタートしました。第1話を見た瞬間、これは駄作になると感じました(後に私はこの考えを後悔することになります)。
しかし、私は我慢強くSeason1を見続けました。中盤にかけては、学園内での決闘と学園生活がメインで、SEEDの物語のような緊迫した展開は見られず、私には退屈に感じられました。
主人公のスレッタ・マーキュリーを中心に、ミオリネ・レンブラン、グエル・ジェタークと地球寮のメンバーなどを描いたのは、完全に子供中心のストーリーでした。
地球規模の争いを描く物語でもなく、単調な学園生活の中にガンダムが登場する感じがしました。水星の辺境から来た主人公が、自分のやりたいことリストを一つ一つ達成していくというありふれた展開が強く感じられました。
再評価のきっかけ:物語の転換点
しかしそんな物語も、Season1の終盤にさしかかると、少しずつ様相が変わっていきます。学園を運営する巨大企業グループと地球圏との間の複雑な関係や、スレッタ・マーキュリーの母プロスぺラ・マーキュリーの計画が描かれてきます。
それにより、私の『水星の魔女』に対する考えが少しずつ変わっていきました。ただの学園モノから、SEEDやファーストガンダムに似た物語へと見え始めたのです。
主人公のスレッタ・マーキュリーに対するイメージも大きく変わりました。当初は母親の言いなりで、やりたいことリストを順にこなしているだけの印象しかありませんでした。決闘も、そのリストを達成する手段としか見ていませんでした。SNSでは、『スレッタタヌキ』と呼ばれていました。
主人公機のエアリアルガンダムについても、エピローグを見落としていたため、従来のガンダム主人公機の武装を模倣した機体としか思っていませんでした。ただ単に強力なガンダムという印象でした。
視点の転換:衝撃の終盤戦
しかし、Season1の終盤では大きな転換点が訪れます。視聴者の皆さんはお分かりだと思いますが、学園の外、いわゆる地球圏から現実世界に存在する武装組織のモビルスーツが登場します。そして、そのモビルスーツもまたガンダムだったのです。
その登場により、学園が危機的状況に陥ります。そして、Season1最終回にはガンダムシリーズでも初めての出来事が起こります。主人公のスレッタが、生身の人間をガンダムで〇〇〇します。
その結果、Twitterは『水星の魔女』一色になりました。トレンド1位から10位まで、ほとんどが『水星の魔女』関連だったほどです。それほど、ガンダムの歴史に衝撃を与えたのです。
意識変革:ある一言から
ここで、私の本作に対するイメージは180度変わりました。スレッタは母親たるプロスぺラの意のままに、人間を殺戮する道具に成り下がってしまいました。
最終回にて「逃げれば一つ、進めば二つ」という言葉が登場します。この言葉はSNSで呪いの言葉とまで呼ばれています。私自身も驚愕しました。
人間が言葉によってここまで変わってしまうのかと感じました。言葉は時として、人に勇気を与え、生きる活力になりますが、同時に人を傷つけ、またはこの作品のように人を悪い方向に動かす力も持っています。
そして、Season1の最終回でエアリアルがただのガンダムではないことが明らかになります。最初から違和感を感じていましたが、スレッタがエアリアルガンダムの中で会話をしているシーンが何度も描かれていました。これが私には大きな違和感を与えていました。
Season1の最終回を終えた瞬間私はseason2が待ちきれなくなっていました。あれだけ駄作だと言っていた本作にのめりこみ始めていたのです。このような展開の作品は今まで見たことがりませんでした。
水星の魔女"への情熱:ガンダムの新境地を追求する30歳の冒険
Season2: 予想を超える怒涛の展開
Season1の最終回を終えた瞬間、私は待ちきれない思いでSeason2を待ち望んでいました。私が最初に一見駄作に思えたこの作品に深くのめり込んでいたのです。今まで見たことのないこのような展開の作品に、心から驚かされました。
そして、Season2が始まるとその怒涛の展開にさらに魅了されました。ストーリーの進行が非常に速く、一部の視聴者には理解するのに時間がかかるかもしれないほどでした。
エアリアルの正体(エリクト)、パーメントスコア、データストームなど、Season1では詳細には触れられなかった要素が次々と明らかになります。
Season1の学園ものから一転して、従来のガンダムに近い展開に変わり、ようやくガンダムらしい世界観が広がり始めました。私は毎回の放送を楽しみにしていました。
変わる感情:スレッタへの共感
私は30歳になりますが、『水星の魔女』のように心から熱中できるアニメはそう多くありません。放送中・放送後のTwitterでは、常に『水星の魔女』関連の話題がトレンドに上がり、その人気ぶりを実感します。
私自身も、配信活動を行いながらこのガンダムの続きを予想し、記事を執筆している最中にも結末を知りたいと思うほど、作品に引き込まれていました。
そして、なんといっても、主人公のスレッタ・マーキュリーに対する感情が大きく変わりました。Season1とは違い、彼に強く感情移入してしまいました。自分がスレッタになったかのような感覚に陥るほどでした。
ファンとしての喜び:共有する感動
私が大好きなアニメ作品について自分で予想を立てたり、挿入歌を聴いたりするとき、涙が自然と出てきます。それは感動とともに、作品を深く愛するファンの証なのかもしれません。
また、他のファンがTwitterやYouTubeで考察を投稿する姿を見て、共有する喜びを感じます。主人公スレッタになりきっている自分を見つけ、また自分の人生と重ね合わせるところもあるかもしれません。
ガンダムの未来:新たな挑戦
とにもかくにも、ここまで多くの人々を熱中させる作品が久々に出てきたのはすばらしいことです。商業的に成功したかはここでは触れませんが、ガンダム、そしてアニメ界に影響を与えることは間違いありません。
この作品が新たな視点のガンダムであり、Z・α世代をしっかりターゲットにして作品作りがなされていることを感じました。学園を舞台にしたことで、子供たちやZ世代の子供たちにとってもアクセスしやすい内容になったのは、一つの正解だと思います。
このガンダム作品は、新しいガンダムの到来を告げる作品とも言えます。しかし、ガンダムという作品がこれからも続いていくためには、時代に合わせた物語設定が必要です。それでも、ガンダムという普遍的な枠組みを保ちつつ、新たなアプローチを試みることが重要です。
最後に
現在のところ、Season2は残すところ2話です。どのような結末を迎えるのか、物語の伏線がどう回収されるのか、今から待ちきれません。
『水星の魔女』をまだ視聴していない方には、ぜひSeason1から見てほしいです。そうすれば、多くの人がこの作品に熱中する理由が分かるはずです。
そして、今回は触れませんが、私はこの作品が人生における学びとなる作品であると考えています。また機会があればその話をしたいと思います。
今回は以上とさせていただきます。最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
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