見出し画像

神にはなれないさ

 楽しげにからからと笑っている。なにがそんなに楽しいんだろう。
「いいの?」
 問いかければ、それは振り返りこちらを見やる。優しげな顔だ。
「なにがかな?」
「アレ。消費、されてるようにも見える」
「ああ、アレか」
 納得したように頷き、目を細め息を吐く。
「はは、面白いことを言う。アレは消費か。たしかに、そうとも取れるね」
「取れる、って言うか……、消費じゃないなら、なんなのさ」
「さあ。でも、私は嬉しいよ。どうやら私であるだけで喜んでくれているようだから」
「いやじゃないの?」
「いやじゃないよ」
 楽しげに目を細め、こちらを見ている。分からないな。どうしてなんだろう。
「美術品のようだと思わないか? そこにあるだけで誰かを喜ばせることができる。私はそれを嬉しく思うよ」
「消費物じゃん。そんな一方的なものが嬉しいの?」
「ああ。一方的だから良いんだ。きっと、この状態でこの身以上を求められてしまっては、それは神と呼ばれるものになるから」
「それは……じゃあ、求められても頷かないの?」
「そうだね。神になる気はないから。私はヒトでしかない。神と見られても、祈りを捧げられても、私は私をヒトとしか思えない。ヒトとしてしか振る舞えない。神にはなれないよ」
 なんだか悲しげな顔をする。それでも優しく、真っ直ぐな眼差しでこちらを見るのだ。このヒトは。
「でも、信ずれば神となるのでしょう」
「それでも私は私をヒトと定め続ける。……心配、してくれてるのかな? ありがとう。君は優しいね」
「んなっ……別に、感謝されることでもないでしょう。疑り深いだけだ」
「そうかな。でも、それもきっと美点だよ? 信ずるだけでは、生きられない」
「……残酷なことを言う。信ずるのがヒトでしょうに」
 目を伏せれば、その顔は見えなくなる。しかし、ふわりとした笑い声に、俯いた顔を上げてしまった。
「まさしくその通り。だから私も信じる。私はヒトなのだと。ねえ、君は私をなにと定める?」
「……ヒト、でしょう。ヒトでしかない」
「そう。君は優しいね」
 本当に嬉しげに、細めた目をこちらへと向ける。このヒトのこういうところが、私は嫌いだ。
「私は単純に嬉しいんだ。だって、この身でいるだけで愛をくれるなんて。それはとても純粋な愛だと思うんだ」
「そう、かな。ただの消費物として扱われているようにしか見えないけど。とてもヒト扱いとは思えない」
「それでも、私が私としてあるだけで誰かの心が揺さぶられるなら、喜ばしいことだと思うんだ」
「……前世は美術品だったりする?」
「はは、どうだろうね」
 冗談を、とでも言うように笑う。しかし、こちらは冗談として言っていない。冗談のような事だとしても、そうだとしか思えないような、ヒトだから。
「あなたは時折ヒトらしくない……それこそ、神のような仕草をする」
「そう? 自覚はないな。まあ、神と見えるのならそう信じればいい。さすれば君にとっての神となろう」
「ヒトでしかいられないのではなかったの?」
「私は、そうだ。だけれど、君がどう思うかは自由だ。私は私をヒトと信じる。誰かは私を神と信じる。それは両立することだろう?」
「でも、……やはり、残酷だね。あなたは」
 やはり神にはなれないのだろう。どんな愛も受け取るし、様々な無償の愛を渡すヒトだけれど、それでも神にはなれないのだろう。
「残酷かな。私は私らしく生きているだけだよ」
「それが残酷なんだ。でも、素晴らしいとも思う」
「そう? ありがとう」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?