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幸い(さきはひ) 第九章 ④

第九章 第四話

 部屋に入った瞬間、こらえきれず、千鶴は膝から崩れ落ちる。

――どうしてあんなにも優しい人がこんなに苦しい目に会うのか。

――人のために、自分の病も二の次に研究を行う人が。

――これから輝かしい未来が待っていた人が。

――何より、私の愛する人が。

――どうして、どうして。

 分かっている、桐秋が桜病にかかったからだ。

 ゆえに彼はこんなにも苦しみ、死の淵にいる。

 答えは単純。

 分かってるのに、憎み、恨む気持ちが千鶴の心を暴走している。

 根源をこの世から消してしまいたいと思うが、今は、まだそれも出来ない。

 大粒の涙が千鶴の瞳から止めどなくあふれ続ける。

 拭う気力もなく、薄黄の着物に蝋梅《ろうばい》が咲いたような染みができていく。

 自分が桐秋の代わりになれたらと、何度願ってみても現実にはならない。

 千鶴はどうしようもできない現状に自身を責め続ける。

 己にできることの少なさに千鶴はひどく打ちのめされ、その日一日、千鶴は桐秋と顔を合わせることが出来なかった。

 

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