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幸い(さきはひ) 第三章 ⑧
第三章 第八話
今まで普通の世界で生きてきた人間が、突如死病と診断され、隔絶された世界に放り込まれる。
その恐怖はいかほどのものだろう。千鶴は誰よりそれを知っていたのに、まったく配慮できていなかった。
今の千鶴が行わなければいけないのは、病を抱えている桐秋を手厚く看護し、守ることではない。
桐秋の望みを尊重し、普通の生活により近いものを送れるよう、看護婦として補佐すること。
特別を感じさせることは、死の恐怖を感じさせ、人を絶望させる。
環境を整え、何気ない日常を守ることで少しでも桐秋の心を平安に導ければと思う。
そのことを念頭におきながら看護計画を作っていると、あっという間に夜が明けていた。
できたばかりの看護計画を、早速南山に見て貰おうと、早朝、食材など必要なものを離れに届けに来ていた女中頭に頼み、南山に面会してもらえるよう言づてを頼む。
女中頭はそれを承諾すると、母屋に戻り、すぐに会えるよう取り計らってくれた。
千鶴は急いで母屋に向かう。
そこで父鶴の作った看護計画を見た南山は、医師の視点で何カ所か訂正すると、計画書どおり進めるように千鶴に指示する。
千鶴は礼を言うと、看護計画を練る中で考えた、桐秋の考案した実験を行ってくれる人物がいないかを尋ねる。
南山はしばし考える様子みせながらも、聞いてみようと言ってくれる、段取りがつけば千鶴に連絡をくれると言う。
千鶴は自身の提案が受け入れられたことに安堵する。
そんな千鶴を見ながら、南山は少し強い口調で告げる。
「必ず、診察は受けさせること、無理はさせないこと。これは絶対だ。
きちんと守るように君が見張っておいてくれ」
その言葉に千鶴は力強く頷く。
それに会心した笑みで南山も頷き返すと、最後に静かに一言付け足す。
「桐秋をたのむよ」
それは、医者ではない、息子を想う父としての言葉。
その想いも受け止め、千鶴は桐秋に精一杯向き合おうと決意を新たに大きく頷いた。