ある日の出来事 ①

 十二月は大掃除月間である。毎日何処かの掃除をしながら、一ヶ月がかりで家中を隈なく拭き倒し、新年に備える。仕事であろうが、遊びに出かけた後であろうが、一日の基本的なルーティーンの後には、自らが決めた掃除計画に従って行うのだ。
 普段、私は、片付けはしても、掃除というものを殆どしない。汚いのが平気…というわけではなく、日常の家庭内において、それが自らの役割ではないからだ。それらはあくまで母の仕事であって、私が掃除するのは浴室や洗面所などの水回りに限られる。
しかし、年末の大掃除は違う。普段しない分、その90%が私の仕事となる。いつからそうなったのかは忘れたが、妙に拘りを持ってそれらを遂行するに至り、十数年が経っている。
 この年、二桁月になった頃から、私のプライベートは、何故か恐ろしく暇になった。一方、まるで引き替えるように、普段殆ど出歩かない母の日常が、急激に忙しくなったのである。毎週のように何処かに出かけ、次から次へと計画が持ち上がってくる。
 平日、朝から晩までひとりで留守番している犬を、休日までひとりぼっちにしたくない関係で、母と私が仕事以外で同時に出掛けることは殆どない。お互いを尊重した連携プレーで、どちらかが外出する時、片方は自宅に留まる…という形が、いつからか定着した。依って、予定を入れるのも早い者勝ちである。年の瀬も近付いているというのに、母の外出計画は加速の一途を辿り、とうとう先日、「今年の大掃除は、ほどほどにする」と、堂々の宣言をされた。90%を私がしているのに、残りの10%をほどぼとに…とは、一体どうしたものかと思ったが、そもそも遊ぶことを殆どしない人なので、遊べるときに遊んでおけばいいさ…と、微笑ましく見送ることにした。
 とはいえ、私の大掃除が〝ほどほど〟で済むわけはなく、週休二日の内、一日は外出するのが常だったのが、二日とも家で犬とごろごろ…という習慣がついて数ヶ月。我が妹ではないが、「ずっと家に居たら腐る」という事実をこのところ実感しつつある中、大掃除月間と銘打って計画的に働きながらも、結局最後の最後まで計画通りにはいかないのが通例の現実である。時間に追われて半泣きになっている例年の年末を危惧し、少し早いがクリスマスの準備だけでもしておこうと、ツリーの準備を始めたら、例の妹から電話がかかってきた。
 前日は二週間ぶりに好天の週末で、布団干しや洗濯、紅葉狩りに出かける母の送迎などに追われた。ツリーは夜に出す予定だったが、ゆっくり寝ている暇がなかったせいで、ほんの転寝のつもりが、すっかり寝入ってしまい、気付けば明け方だった。
 この日は打って変わって、一日中雨が降り続いた。犬とごろごろの後は、休日の用事が滞りなく進み、気付けば夜になっていた。翌日は仕事だが、今、ツリーを出し損ねたら、大掃除月間に突入してしまう。翌月、再び半泣きになりたくないだけでなく、この日、昼まで寝ていたせいで、しっかり目が開いていたため、22時を過ぎての活動開始を強行した。
 妹は、年末年始に帰省して来る。引き篭もれば腐るという事実をしっかりと自覚してから、彼女は帰省時の計画を常に濃密にしていた。毎日必ず何処かへ出かけ、例えばそれが夜の予定でも、「昼間は空いているから」と別の遊びで埋めようとする。一日外出すれば、もう一日は休みたい私からすると、かなりタフだ。依って、今回もあれやこれやと計画を立てていたのだが、あまりに詰め込み過ぎて、「流石にハードやな」とのたまったのであった。
 前の日に、妥協できることをあらかた削って最終プランをメールしたが、スルーされていた。電話はその件であろう。彼女からの電話は長くなる。自分が暇だから掛けて来るのであって、つまり、こちらの都合は厭わない。そして、殆ど自分が喋りたいだけで、人の話はほぼほぼ聞いていないか、聞くが乗ってこないのが常だ。
 案の定、話の主旨は、年末年始の計画についてであった。
 お笑いライブに二回行く。イルミネーションを見に行く。カットにも行きたいし、このところろくなことがないので厄払いにも行きたい。夏に会えなかった親友とは、今回も会えそうにない。兄(私から見れば弟)に、いつ帰って来るのかと電話したが、年末年始の休みがわかっただけで、いつ来るのかは未定…とのこと。
 そこから、最近起こった地震の話や友達の話、彼女を悩ませている〝ろくなこと〟について、そしてちょくちょく、我が家の昔話が挟まる。高校を卒業して間もなく、家出同然に家を飛び出しておきながら、潜在的に愛情不足を自認している妹は、必ず昔あったことや親きょうだいの話をしては懐かしがる。かつては不満だらけから派生したそれらも、今では面白おかしいエピソードに昇華した様子。長子と末っ子、それぞれの受け止め方や感情の相違も笑い話となり、突如彼女が叫んだ言葉に、私は思いがけず目が点になった。
「三年間も親、ひとり占めしときながら!」
 私と妹は四つの年の差があり、間に弟がいる。弟と私は二歳半離れているが、学年で言えば三つの差。妹にしてみれば私は、三歳まで親を独占して育ったと言いたいらしい。末っ子の自分はほったらかしにされていた…と。
 ツーカーの勢いで返す。
「親、ひとり占めした自覚なんかないわ!見たくないもんだって、散々見てきたっちゅーねん!」

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