意地悪な医者は役立たず

 至急、診断書を要し、専門医でなく、近所の掛かりつけの内科でも良いので…と促され、言われるままに近所の内科に行った。基本、内科を受診することはほぼなく、この病院へ行くのも十年来だ。案の定、カルテは残っておらず、診察券も紛失したか処分したかで手元にはないので、再発行してもらう。待合室には4、5人しかいないのに、診療時間30分前から受付したにも関わらず、診察してもらうまで一時間半待った。
 一行目のくだりを説明したうえで、症状を話すと、遮られるように即答される。
「それうちちゃうわ。うちは内科やから」
 わかっているから事情を説明したのだが、この人は何を聞いていたのだろう。しかし無理を言って診てもらっているので、偉そうには言えない。
〝掛かりつけ〟をやたら強調されるので、皮膚科や歯科なら掛かりつけがある旨伝えると、皮膚科へ行けと言われた。皮膚科こそ専門外も甚だしく、また、診断書のために“内科”と言われたので内科に来たのだが…と伝えると、一刀両断される。
「うちは掛かりつけじゃないでしょ!」
 そうか…十年も前に一度来たっきりなら、掛かりつけにはならないのか…。
 では頗る健康で、病院になんか罹ったことのない人が急病になっても、〝掛かりつけ〟が無かったら診断書も書いてもらえないのか…?病院も、京都の花街のように「一見さんお断り」的な風習があるのか…?
 掛かりつけの定義がわからない私はぐうの音も出ず、しかし診断書は必要なので、書いてもらえるのか確認すると、「不眠症としか書けない」と言われた。
 症状は不眠だけではないが、専門外だから、問診で答えた症状の10のうちの1くらいでしか診断出来ないのかも知れなかった。
 結果、診断書は発行されたが、封は糊付けされていたのでこちらで開封して確認して良いのかわからず、至急要するところへ郵送したのだが、報告された内容は至って不親切であった。
 診断内容は宣言通り「不眠症」で、休養期間は5日間、専門外なので専門医で診てもらうよう指導した…と書かれてあったと言う。
〝指導しました〟の文言に、吐き気がした。医者は〝先生〟と呼ばれる職業だから、仕事の内容に〝指導〟も含まれるのだろうが、私は指導して欲しくて診療を望んだのではない。医者は患者を助けるために助力してくれるものだとの私の思い込みは、真っ向から覆された。
 ある意味、生真面目な医者であったのかも知れない。誤った診断を下せば、医者自身が刑罰に処せられるのかも知れない。診断書の送付先からは「医者も商売なので、望んだ書式を提示すればそのように書いてくれる」と言われたが、そちらの方が目論見違いであった。何も知らない私は言われるままに動いたが、両者から裏切られる形となり、ただでさえ疲弊してふらふらなところに、巨大ハンマーを脳天から振り下ろされたような精神的ダメージを受けた。
 会計まで更に30分待ち、くたくたになって自宅へ着いた時には、既に3時間が経っていた。
 その日の午前中、探しまくって片っ端から電話をかけ、すべて断られた専門医以外に、他に同業の病院はないかと更に検索をかける。遠方の専門医に掛かることも視野に入れなければならないかと身構えるものの、体力精神力共に、その負担に耐える自信がなかった。
 やがて午前中には見つからなかった専門医が、未だ身近に何軒かあることにホッとしたのも束の間、ネット予約出来る病院は直近になく、午前中に断られたのと同じように、数週間から数ヶ月待ちというものばかり。問い合わせフォームが設定されている最後の砦に諸事情を説明する内容を送信したが、【内容を確認のうえ、こちらからメールにて返信いたします】という自動送信メールが返信されただけで、十日経った今も何の音沙汰もない。
 後日、診断書の受付先の伝手によって、無事、専門医に診てもらうことが出来た私は、二ヶ月の休養を要すると書かれた封印のされていない診断書を受け取り、ホッとした拍子に号泣。ずっと食べられなかったのに急に空腹を覚え、放置されていた煎餅を半袋ほどドカ食いしたせいで吐きそうになった。
 掛かりつけ医の定義を知らないまま休養期間に入った私は、今、これを書きながらそれについて検索をかけてみる。厚生労働省のHPによると…
「かかりつけ医」とは 健康に関することをなんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介してくれる、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師。
…だそうである。
 私が飛び込んだ内科は、健康に関することは何も相談できない上、最新の医療情報は熟知しておらず、必要としていても、専門医、専門医療機関を紹介してはくれない、身近だが頼りにならない地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有さない医師であった。なるほど…「掛かりつけ医ではない」との宣言は間違っていなかったようだ。
 問い合わせフォームを有していた専門医も、一見親切なようでいて、患者やそれに準ずる医療を必要とする者に対し、誠意に欠けると私は感じた。
 もし誰かに医者の情報を求められたとしても、私はこの2軒に関しては、止めはしないが絶対に勧めない。ネットに名指しで拡散して営業妨害するつもりはないが、口コミを書く欄があったら、正直に書くと思う。生憎そのような欄が無いので、今こうして名指しせずに書いている。
 いずれも私にとっては良心的な医者ではなかったが、4、5人でも待合室に座る患者がいるだけ、その病院で医療を必要としている人がいる。また、問い合わせフォームを設けながら対応できなかった病院も、多くの患者を抱えすぎていて、新規の問い合わせにまで手が回らなかったのかも知れない。だったら一時、問い合わせを止めろよ!というのが正直な気持ちではあるが、二度と頼らない病院がはっきり2軒出来たということは、ひとつ勉強になったのだと捉える方が賢明なのかも知れない。
 送ったメールと再発行してもらった診察券は、破棄することにした。

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