秋のイライラ月間 ②

 とある行事で、警備の役割に当たった。担当は4人。2人一組、1時間交替のローテーションである。
 引き継ぎは、交替時間の2分前に受付ロビーとなっていた。初回、2回目と、滞りなく引き継ぎを終える。
 3回目、集合場所に誰も来ない。少し早かったので待ってみる。交替する予定の女性が、受付を通り過ぎて外へ出て行った。階下にある玄関には、私とペアの男性が立っている。取り敢えず時間まで待とうと受付付近をうろうろ。約束の2分前になったが、玄関に立っている彼も、外へ出て行った彼女も来ない。もう一人は①に書いた挨拶しない“奴”。そいつも来ない。一体どうなっているのか?
 もう一度書類を確認する。集合場所は2分前に受付ロビー…で間違いない。もう一度階段下の玄関を覗く。ペアの彼の傍に、外へ出て行った彼女が居り、何処からそこへ行ったのか、“奴”もそこに立っていた。
 集合場所、いつ変わった?
取り敢えず、3人揃っているのに私だけが違う場所に居るので、慌てないように階段を降りた。
「すみません。集合場所、受付やと思ってたので…」
 正誤を問う意味で“集合場所、受付”と敢えて言う。彼女が眉毛をハの字にして言った。
「すみません」
 彼が背後の時計を振り返る。彼女と話し込んでいて、時間に気付いていなかったのか?奴はこちらを見もせず、押し黙ったままであった。
 彼と彼女のトークは続く。5分待ったが、引き継ぎも始まりそうにないし、トークも終わりそうにない。
「すみません、一旦引き揚げますね!」
 断って階段を駆け戻った。
 次の交替までに昼食を済ませておかなければならない。今朝、所定の場所に無いので探し回った挙句、ようやく見つけた内部関係者に、突然伝えられた荷物置き場の“鍵”の、所定ではない保管場所へ急ぐ。部屋にいた当番に鍵を求めると、既に別の人間に渡っていた。
 荷物置き場に行くと、鍵は閉まっており、また戻る。鍵を持った人間が姿を晦ましていた。
 保管場所と食堂、そして荷物置き場の扉の前を結局何往復しただろう。そろそろ時間が迫っていたので、これ以上走り回るのは体力を消耗するだけで何の得にもならないと気付き、荷物置き場の扉の前で待っていると、ようやく晦まし人がやって来た。
「ごめん、ごめん。ちょっと人に捕まって…」話し込んでいたらしい。元々長話をするために別室を確保していたらしいが、通りすがりに出会ったので、部屋を使わずに済ませてしまったようだ。
 何故、「鍵を持ってて開けなあかんから、ちょっと待ってて!」と言えなかったのか?
 責めたいが、時間も体力も無駄である。愛想笑いだけ残して必要物品を携え、食堂へと急いだ。
 午後から鍵の保管場所が従来の保管庫に戻る…と人伝に聞いた。そもそも何故、保管場所を変えたのか。私だけでなく、鍵がなくて走り回った人間が、現場の半分はいたはずだ。その半分は場所を変えることを知らされてもいなかった。
 午後からのローテーションはあってないようなものだった。施錠確認の担当を割り振られ、担当場所へ行けば、時間を過ぎても一室に屯って出てこない大人が2名、別室を出たり入ったりしてなかなか施錠しようとしない大人が1名いた。ようやくすべて確認し、報告に…と元来た場所に戻ったが、既に誰もいなかった。そもそも報告義務の必要がなかったか、大の大人約3名のお陰で、私が大幅に遅れたかのどちらかだ。
 行事は予定より15分以上早く終了した。警備の仕事の段取りも早まるので、気付いてすぐにペアの彼に報告する。全体を取りまとめているのは彼だった。
 私は玄関門で待っているように言われた。彼と、途中から彼に付きっきりだった彼女が、共に受付の中へと入っていく。奴の姿は何処にも見えなかった。
 来場者が少しずつ帰って行く中、寒風吹き荒ぶ屋外で足踏みしていた。寒いのである。門の外から、物凄い声がする。黒猫とキジトラが、喧嘩を始めようとしていた。通りすがりの家族連れが足を止め、若い母親が2匹の間に入って両手をパンパン叩く。気を逸らせ、喧嘩をやめさせようとしているらしい。2匹は一瞬離れるが、キジトラの方が容赦しない様子で、物騒な鳴き声を上げ続けている。母親は何度も間に入るが、2匹の距離が、玄関門から遠ざかっていくだけで、喧嘩の兆しが遠退くことはなかった。
 娘が脱いだダウンジャケットを振り回しながら割って入ってもダメだったとき、限界を感じた母親が、口を開いた。
「パパがやってよ!」
 娘と共に橋の袂から猫と妻の様子を唯々眺めていた夫に対し、半ギレの矛先が向かった。確かに…嫁が格闘しているのに、夫は見ているだけかよ!と、実はずっと思っていたのだ。
 パパが猫と猫の戦いを制した…かどうか、見届けることは出来なかったが、間もなく玄関門の中で、先程攻撃を仕掛けられそうになっていた痩せっぽっちの黒猫が、花壇の茂みから登場した。何とかなったのであろう。
 猫問題も一見解決したが、私は立っているだけで何もすることがなかった。当初の行事終了時刻になったので、暇すぎて一旦玄関に戻ると、リーダーの彼と奴が立っていた。
「片付けとかすることありますか?」と尋ねる。
「今から追い出しなので、まだ門のところに立っといてください」
 来場者は相当数、既に退場したと思っていた。出演者も続々帰って行ったのを私は見送ったのだが、今から追い出しって、まだ追い出してなかったのかと、目が点になった。
 階段を降り、足踏み運動を続ける。結果、担当場所の片付けを含めたすべてを終えて部署へ戻ったときには、大方の職員が席に着いていた。
 時間の無駄が大嫌いである。今回の行事はそれが多すぎる。段取りも動きも、全てがのろのろ運転。因みに私は、渋滞も嫌いである。

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