THE 自己中①

 子どもの頃、誰が言い始めるのか知らないが、憎まれ口を連打し、相手を攻撃する姿がよく見られた。
「アホ、ボケ、カス、ナス、バカ、マヌケ…」といったものが主流だろうか…。中には「ブタ」「デブ」なんていうのもあった。豚はよく見るととても可愛いのに、失礼な話である。
 そんな悪意に満ちた憎まれ口の中に、いつからか「自己チュー」という言葉が追加され、意味もよく解らないまま、自分でも使っていた気がするのだが、「自己チュー」…。つまり〝自己中心的〟の略である。この「自己チュー」を子どもの頃から思春期にかけて、日常的に耳にしていたが、実際それをはっきり認識して『まさに!』と目の当たりにしたのは、ここ数年のような気がする。
 そもそも子どもとは、その殆どが自己中心的存在である。主観の中で生きている未熟な存在達が、他者を意識的に客観視し、自分以外の立場に立って考えたり、行動したりするようになれるのは、精々三歳頃を過ぎてからだ。勿論個人差があり、もっと早い段階からその素質を陽の下に晒して大人達の感心を生む子もあれば、四歳・五歳を過ぎても尚、自己と他己の狭間で葛藤し、他者を受け入れきれない事で「ワガママ」と称される子もいる。ようやく自分以外の存在を認識し、受け容れ、互いを気遣いながら多かれ少なかれ人間関係の折り合いを付けられるようになる頃、「自己チュー」という言葉ははっきりと意味を呈して憎まれ口のひとつとなる。そして、口先ばかり達者になった発達途上の人々の間でやり取りされるようになるが、使っている本人達が、その真意を理解して使っているかどうかは、定かではない。
 大体、「アホ、ボケ、カス、ナス…」といったものに関しても、相手に腹を立て、汚い言葉を使って罵ることで反撃する…という意図以上の役割にはなりにくい。相手の怒りを煽ることには繋がっても、本当に相手が自己中心的で、本気でそれを指摘しようと思うなら、そう簡単に「自己チュー」などとは叫ばないのである。
 大人になって出会った「自己チュー」とは、まさに自己中心的な人間であった。最初はそうと知らずに関わっていたのだが、そのうちに様々な〝はてな(?)〟が浮き彫りになるのは、何も自己中な人を相手にした場合に限ったことではない。どんな人間も、付き合っていくうちに良いところや悪いところが見えて来るものだ。しかし、自己中な人は、どんなに良いところが他にあっても、最終的に自己中の域を脱しないのである。
 私に初めてはっきりと自己中を認識させたのは、五年ほど前に一緒に仕事をした二十も年上の女性であった。元々、独特の雰囲気を醸し出している個性的な人であったが、関わることが殆ど無く、噂を耳にするだけではわからない事の方が多い。好きでも嫌いでもなく、特別な存在ですらなかったその人と、仕事上で組むことになったのは、今考えると単なる偶然ではなかったのかも知れなかった。
 彼女を知る人は知っていた。問題が目に見え出した頃、単なる噂だったものとは、彼女が異動する度、尾を引いてついて来ていたものだったらしく、内輪ではとても有名な人だったようだ。
 私は彼女を知らず、また、彼女を知る人さえ、殆んど知らなかったことから、風が何気なく知らせても、右から左へと素通りし、〝百聞は一見にしかず〟とばかりに、特別その場で拘ることもなかったのである。恐らくそれが、人事采配を司る人たちにとって、『この人となら大丈夫』と相成ったのであろう。しかし後々、様々な事件となり、組織は身内を守るために弱者を切り捨てることで、問題を無かったことにした。
 何か良からぬことが起こった時、事件の根っこを取り除き、土を掻き回して浄化しなければ、同じ問題は何度でも起こる。依って、根っこを残して土だけ掻き回した今回の事例は、根本的な解決に至らず、相手を変えて仕事を続けている彼女の配属先では、今もトラブルが絶えないらしい。誰もが彼女と仕事を組みたがらないことから、先行きが危ぶまれていると人伝に聞いた。
 彼女の中に自己中としての素質を感じたのには、様々な要因がある。特徴をざっと挙げればこんな感じだ。

①   組織としての仕事より、自分の仕事を優先させる
②   人のことは見えるが、自分の事は見えていない
③   人に厳しく、自分に甘い
④   四六時中、独り言のように目の前にいる人間の悪口を呟いている
⑤   嫌な仕事、汚い仕事を見て見ぬフリして逃げる
⑥   逃げ切れない仕事を人に押し付ける
⑦   嫌な仕事から逃げる時の言い分が「しんどい」や「疲れてる」
⑧   「考えられへんわ」「信じられへんわ」を連呼する
⑨   人の利益を横取りする
⑩   稚拙すぎる言い訳で、相手が引くと思っている
⑪   自分のミスを人のせいにする
⑫   有言実行出来ない
⑬   自分の言いたい事だけを言ったら、人の話は聞かない
⑭   行動が伴わないのに口だけは達者
⑮   自分が一番正しいと思っている
⑯   公衆の面前で、気に入らない人間を裁判のように尋問、攻撃する
⑰   ひたすらにマイペース
⑱   時々突然行方不明になる       …等々
 
 例を挙げてみよう。
 先ず①…優先的にチーム総出で当たらないといけない仕事の場面で、一人静かな場所へ避難し、自分のしたい仕事をしている。指摘されると、自分の仕事が優先であると言い張る。
 ②と③…人のミスにはすぐ気付き、即指摘。自分が同じことをしても知らん顔。その態度を指摘されれば逆ギレする。
 ④…相手の一挙一動をすべて悪く捉え、常にぶつぶつと文句を言っている。聞こえないふりをするにも限界があり、多大なストレスを人に与える。
 ⑤…①のような場面で、誰もが手を離せない時、自分の前で世話をするべき子どもがもの凄いおなら。間もなく異臭が立ち込める。そういやこの子…お腹壊してたっけ…。彼女はそれを無視し、「休憩行って来まーす」と部屋を出て行く。
 ⑥⑦⑧…室内を清掃中、子ども達を連れて外に出ている。戻るなり、未だモップ作業中の人間に一人の乳児を抱えて寄越そうとする。
「この子、うんち出てるから洗ったって!」
 目が点になるが、いつものことだと思って応戦。
「まだ手(モップ&ビニール手袋)、こんな状態やし、先生洗ったってください」とやんわりお断り。
「何でよ!私、外から帰って疲れてるやん!洗ってきて!」
 ⑨乳児の保育現場に於いて〝担当制〟を主張。自分にとって〝やり易い子〟を自分の担当に…。〝難しい子〟とようやく関係を築け、スムーズなやり取りが出来るようになった頃、〝やり易い子〟は〝やり易かった子〟に…。〝担当変更〟を告げられる。
 ⑩と③…まだ勤務時間内。「今日、急ぐから!」と、突然帰り支度を始める。それ、他の人がやったらキレるのでは?
 ⑪…①のような場面。足元で、ゲートに掴まり立ちをしようとしている乳児が居る。気付かずに出ようとゲートを押す。気付いたスタッフ二人が危険を感じ思わず同時に「あっ!」と声を上げた。時既に遅し…。乳児は転んで頭を打ち、大号泣!
「気付いてたんなら止めてよ!」
 ⑫、⑬…疲れて来た。思い出すのもしんどい。
 ⑭~⑯そして⑧…会議などの場面で、自分のやり方がいかに正しいかを挙げ連ねた上で、それに準じないスタッフの愚かさを挙げ連ねる。まるで裁判に於ける〝検事〟のようだが、実は〝裁判官〟がグルだったりする。そこに〝弁護士〟は存在しないが、傍聴席はうんざりしている。
 ⑰マイペースでない時がいつなのかわからない。
 ⑱気付けばいないし、帰って来ない。おいっ!仕事中だ!

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