臭いの正体

 入浴中、読書をする人がいる。私もその一人だ。入浴し、読書をし、ついでに歯も磨く。首まで風呂の蓋をして、風呂の蓋の上に厚手のタオルを敷き、その上に本を立てて読む。利き手にはハブラシを握る。
 何年も続けていて、すっかり習慣になっているが、ここ数日、今まで無かったことに、ふと気付く。何だか煙草臭いのだ。
 季節は急ぎ足でやって来た夏であった。あるTシャツを着た日は、いつも以上に体が汗臭い。シャツの素材と私の体の相性が、悪いのかも知れない。
 入浴前、必ず掛け湯をしてから浴槽に入るが、何度湯を浴びても自分の体が臭い気がする。因みに煙草は吸わないが、そのTシャツを着た時は、何の臭いだかわからないくらい体臭の正体が汗の臭いではなくなる。私が感じる煙草臭さは、自分の体臭だと思い込んでいた。
 しかしそのシャツを着ていない日でも同じ臭いがする。昔、痴漢騒動に遭い、恐怖心から数十年経った今でも、浴室の窓は必ず閉め切って入浴しているのだが、このところの熱波で、換気扇を回すだけでは浴室に滞在していられないほど、暑さに耐えきれなくなっていた。騒動があったのは建て替える前の家で、浴室は一階。現在は二階だ。しかも数十年を経て私は、当時の繊細さを大分手放した良い年齢になっている。痴漢の恐怖より風呂場の暑さに負けた。
 ブラインドを閉めたまま、窓を全開にし、換気扇も勿論回す。浴室内の暑さは大分緩和されたが、何故だか煙草臭さだけが消えなかった。
 近所では未だ、車のアイドリング音や人の気配が気になる時間帯だ。原因は体臭ではなく、屋外で誰かが吸っている煙草の煙で、上に上がって来るのかも知れない。ブラインドは伏し目がちにして閉めていても、窓自体は開いているので、煙や臭いまでシャットダウンされないのかも知れなかった。
 明日、返却予定日の本を、昨日読み切るはずだったのに、眠気に負けた。残り30ページほどだが、他にも読んで返したい本がある。朝昼の歯磨き時にも、残りのページ数を減らすために、続きを読んでいた。そして気付く。やっぱり煙草臭い。
 ふと読んでいた本に顔を寄せてみる。臭いの正体は本で、しっかり煙草の臭いがした。
 本を読みながら風呂に入ったり歯を磨いたりする人間がいるのだから、本を読みながら煙草を吸う人間がいたところでおかしくはない。過去に水没させて弁償したこともあるので、用心には用心を重ねているが、煙草を吸いながら読書している人だって、本を燃やさないよう、気を付けているのであろう。酷い臭いだけはどうしようもないが、目に見えて誰かに迷惑をかけているわけではないので、人には気付かれにくく、非難するにも難しそうだ。
 一瞬、ファブリーズしたら臭いは消えるだろうか?と考えた。しかし相手は紙。霧にやられて、水没と疑われては元も子もない。
 残り30ページ弱。出来る限り顔から放して読み切ることにしよう。

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