激昂する人

 職場で掃除機をかけていたら、突然掃除機が止まった。一気に五台の掃除機が稼働していたが、止まったのはそのうちの三台で、後の二台はまだ音を立てて塵を吸っている。私は稼働範囲を外れてコードが抜けたのかと思い、確認しに行ったが、プラグはコンセントにしっかり差さっていた。どうやらヒューズが飛んだらしく、数名がわいわいと走り回る。と、Cさんが私に向かって声を上げた。
「Bちゃん、一カ所にふたつ差したらあかんねんてー!」
 どうやら私とCさんが使っていたコンセントのせいで、ヒューズが飛んだらしい。
「そうなんですねー。わかりましたー!」
 ヒューズの後処理に、普段ボーっとデスクに座っているかうたた寝しているか、仕事をしているとしたら何をしているのかわからない上司のO氏が走って行ったので、私は『たまには働けー』と心の中で呟き、稼働可能なコンセントにプラグを移して掃除を再開した。
「Bちゃん、ミーティングルームはやったー?」
 Cさんが再び叫んだ。
「まだでーす」と返すと、「じゃあ、私やって来るわー」とCさん。
 返事を返して私は掃除を続けた。
「そこはまだ…」と言われたところを一通り終え、掃除機を片付けに行くと、就業までまだ十分あったため、私は仕事の続きが残っていないかと事務所へ戻ろうとした。すると絶叫とも思える甲高い声が、響き渡った。
「もうびっくりするわ!何考えてんねやろ!後からコンセント差しときながら、そのせいでヒューズ飛んでんのに、〝すいません〟も言わんと!ミーティングルームもまだしてないって言うし、もうほんまびっくりするわ!」
 吃驚した。
 何事かと思ってそちらを見たら、激昂しているCさんが、OさんとIさんに絶叫しているところで、通りがかった私と目が合ったのだ。
「ミーティングはせなあかんなぁ…」
 ほんわりと言うOさんに、更に絶叫して収拾のつかなくなった雄叫びを上げ続けるCさん。
 話の流れからすると、私のこと以外に考えられない。しかしこんなに人を怒り狂わせるほどの大事を、私はやらかしたのだろうか…。心臓がどきどきした。
 きっと、本当は私が聞いてはいけない話だったのではないかと思う。聞かなければならない話なら、その場に居る時に言う筈だし、私の無意識に対してそこまで怒る必要のあることなら、Cさんは普段から大人しく黙っているような人ではないからだ。しかし悪口にしたいのであれば、陰でこそこそ言った筈だろう。私は嘗ての【昼ドラな人】を思い出した。
 仕事を探しに事務所に戻ったものの、どきどきが収まらず、何も持たずに引き返した。終業までのタイムリミットも迫っていたので、取り敢えずごみ溜めのようになっている共有スペースの机を片付けることにした。
 そうこうしていると、同期のSさんが戻ってきた。先程までの吹雪が治まったことなど、世間話に終始していると、トイレへ向かった彼女と入れ代わりに、Cさんが戻って来た。
 私は黙って片付けを続けた。
 Cさんは、さっきまで激昂していた人とは別人のように、無言で帰り支度を始めた。
 悪いことをした意識もなく、沸点のツボも、私には理解出来なかったが、あれだけ怒り狂って叫んでいたのだから、謝った方が良いのかも知れなかった。しかし私は、転んでもタダでは起きないタイプ。今は駄目だ。
 一人、二人と帰る準備をしに戻って来る。就業の合図を待ち、真っ先にSさんが「お先でーす」と帰ろうとしたのに続き、Cさんがそれに続こうとした。
「何かえらいびっくりさせたみたいで、すみませんでした」
 私が言うが早いか、Cさんは営業スマイル満開で「いいえー♪」と即座に放ち、さっさと出て行った。
 OさんとIさんが一瞬凍りついたように見えたのは、私だけだったのだろうか。
 帰りのエレベーターで、Iさんと一緒になったので訊いてみた。
「私、あんなに怒らせるほど大変なことをやらかしたんでしょうか?」
 Iさんは呟いた。
「なんかなぁ…」
 掃除ルートに決まりはないはずだが、話に因ると、私が掃除機をかけていた廊下からは、Iさんも途中でミーティングルームに寄るらしい。
「あの子も気分で言うことあるからな…〝すいません〟って言うたの聞こえんかったんかも知れんし、何か虫の居所悪かったかも知れんなぁ…」
『あ…〝すいません〟は言うてない…』と思った。
 コンセントに「あとから差した」意識はなく、二つ差しがタブーということも、掃除機をかけるのに決まったルートがあることも知らず、ヒューズが飛んでも『O氏、働け』と思っていた私の悪気のなさが沸点だったのかも知れなかった。
 それにしても…いつもなら言うよね、直接。だってCさん…今時珍しいくらい古典的な〝THE いびりー〟だもの。
 虫の居所が悪いのは何故だ…?
 ふと考えて、少し気になることを思い出した。
 夕方、トイレに行こうと思い、タオルを取りに荷物置き場に戻ると、Cさんが自分のカバンを全開にして、携帯電話をいじっていた。
「あれ?Cさん今日って、もう帰りはる日ですっけ?」
 早退予定だったのを私は知らなかったのか…と思ったのだが、Cさんは「え?違うよ」と言った。
 トイレから戻ると、既にCさんの姿はなく、私も現場に戻った。よくよく考えてみると、Cさんが三時半頃お茶しに行ったのを見かけたが、その後のことは知らない。
 後日、この話を同僚のTにしたところ、彼女は言った。
「仕返し…されたんかも知れんなぁ」
 私…もしかして、見てはいけないものを実は見ていて、知らずに恨みを買うようなことを言ったのかも知れなかった。

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