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寄生サレル仔




「君、お尻からなんか出とるよッ!」




寄生虫。
ぼくは昔からこいつらに何となく惹かれていた。
不可思議な生態、奇妙な行動、そして何やら怪しいその容貌に。

ぼくが初めて寄生虫に興味を持ったのは20代の愉快なフリーター時代のことで、ブラブラ働きながら毎夜飲み散らかしては好きな本を読んでいた。
本屋のバイトから、出版社の契約社員になったぼくは雑用をしながらいつだっていろんな本に出会えた。

藤田紘一郎、愉快な寄生虫博士。
先生の書く、楽しくも勉強にもなる寄生虫エッセイは当時のぼくの心を奪った。ぼくは目黒寄生虫館で楽しみ、アニサキスのキーファルダーも買った。

「ああ、ぼくも広節裂頭条虫を自分の腹で飼ってみたい。。。」

そんな夢を抱いたこともあったさ。



それから数十年、寄生虫のことは気になりつつもこの潔癖ニッポン帝国において関わることはまるでなく、生肉はやばくね?くらいにしか思い出さなくなってた。


ところがだ、見よ!あの子供の尻を!噂に聞いたあのきしめんが見事にぶら下がってるじゃあないか!
哀れな子供は自分の尻のきしめんを追いかけてクルクル回っている。
ぼくはきしめんを掴んで引っ張った!
きしめんはプツと切れた。
藤田先生のように、ぼくも夢野久作のあの怪人を思い出す。

 ちょうどその時に頭山先生は、腹の中でサナダ虫を湧かして、下剤を飲んでいたので、そいつが利いたと見えて待っているうちに尻の穴がムズムズして来た。そこで頭山先生懐中ふところから股倉へ手を突込んで探ってみると、何かしら柔らかいものがブラリと下っている。抓つまんで引っぱってみると、すぐにプツリと切れてしまった。股倉から手を出してみるといかにも名前の通りに白い、平べったい、サナダ紐ひもみたいなものが一寸ばかりブラブラしている。
 見ると目の前に、見事な金蒔絵まきえをした桐の丸胴の火鉢があったので、頭山先生その丸胴の縁ふちに件くだんのサナダ虫を横たえた。進藤喜平太氏も不審に思って覗いてみたが、何やらわからないので知らん顔をしていたという。
 そのうちに又、頭山先生のお尻の穴がムズムズして来たので、又手を突込んで引っぱると、今度は二寸ばかりの奴が切れ離れて来たヤツを、やはり眼の前の火鉢の縁へ、前の一片ひときれと並べておいた。察するに頭山先生いい退屈凌しのぎを見付けたつもりであったろう。悠々と股倉へ手を突込んでは一寸、又二寸とサナダ虫の断片を取出して、火鉢の縁へ並べ初めた。
 誰でも知っている通りサナダ虫は一丈じょうも二丈もある上に、短かい節々のつながりが非常に切れ易いので、全部を引出し終るにはナカナカ時間がかかる。とうとう火鉢の周囲まわりへ二まわり半ほど並べたところへ、やっとの事、御大将の菊地市長が出て来た。黒羽二重はぶたえ五つ紋に仙台平せんだいひらか何かの風采堂々と、二人を眼下に見下して、
「ヤア。お待たせしました」
 と云いながら真正面の座布団に坐り込んだが、火鉢の縁へ手を載せたトタンにヒイヤリとしたので、ちょっと驚いたらしく掌てのひらを見ると、白い柔らかい、平べったい、豆腐の破片みたようなものが手の平へ二三枚ヘバリ付いている。嗅いでみると異様なたまらない臭いがする。菊地市長いよいよ驚いたらしく背後うしろをかえりみて女中を呼んだ。
「オイオイ。この火鉢の縁の……コ……コレは何だ」
 女中が真青に面喰った。ちょっと見たところ、正体がわからないし、自分が並べたおぼえがないので、返事に窮していると頭山先生が静かに口を開いた。
「それは僕の尻から出たサナダ虫をば並べたとたい」
 菊地市長は「ウワアッ」と叫んで襖ふすまの蔭に転がり込んで行ったが、それっ切り出て来なかった。
 二人は仕方なしに市長官舎を辞したが、門を出ると間もなく正直者の進藤喜平太氏が、
「折角会えたのに惜しい事をした」
 とつぶやいた。頭山先生は又も股倉へ手を突込みながら、
「フフン。あいつは詰らん奴じゃ」

近世快人伝 夢野久作
青空文庫


ぼくはそのクリーム色のきしめんを手に巻き付けよくよく見る。
蛇の鱗のような凹凸のある表皮、帯状にいくつも連なる体節。
もっとよく観察すればよかったと後悔すれど後の祭りですでに彼(?)はママに火破りにされていた。

写真も撮って「マンソン裂頭条虫(サナダムシの一種)」で間違いないと思った。
突如、藤田先生のことを思い出す。

「サナダムシはやさしい、体に良い虫だ」

念の為、病院に電話し、その旨伝えよう。

「コレコレシカジカですが、緊急で何かしないといけませんかね?」

「…基本的には害はないです、下痢が続くくらい。他の寄生虫より薬が効きにくいので5倍の量の飲み薬か、注射での投薬になります。それでも70%ほどしか駆除できないこともあります。まあ放し飼いの猫には必ずいるくらいよくある虫ですし、2年が寿命なのでまた話し合って決めたら良いと思いますよ。」

「…」のところで先生は彼の生活史も詳しく教えてくださったが、ケンミジンコとカエルが中間宿主とは恐れ入った。
ぼくはどちらも飼っていたからだ。そうするとぼくは知らず知らずに彼らと長いこと同居していたことになる。
とにかく、「ニンゲンや他の動物に直接うつることはない」らしい。なぜというに彼ら不思議な寄生虫は「中間宿主」を通さねば成虫になれないからだ。カエルやヘビを生で食うか、ケンミジンコが入った水を飲んだら寄生するやもしれないと。
というわけで来週、狂犬病ワクチン注射の際に話し合うことにした。

どうもこのところ仕切りに草を食べては吐いたり、草だけが丸まったウンコが出たり、ウンコに腸粘液が混じっていたけれど、どうも寄生虫を滑り出させるためにしているらしい、そして思惑通り彼(?)は滑り出てきた。

ぼくがもぎ取った彼の体節は15cm〜20cmほどだったからかなり育ったようだ。頭の方はもぎ取られちゃったからもうお亡くなりになったのかもしれない、「裂頭」というだけあって、頭は割れていた。


総じてポオは至極ゴキゲンで、元気いっぱいだ。
ガツガツ喰う、恐ろしく走り回る、死んだように眠る。
寄生虫がお亡くなりになったのか、寄生虫との共生がうまくいっているのかは解らないけど。