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おもくろき こともなき世を おもくろく

風間さんの話をする。
風間さんとは、友人の職場のおじさん上司である。

友人は転職活動の末、この職場に落ち着いた。
休日も飲み会や誕生会などを開くと聞いて「へぇ、とてもフレンドリーな職場だねぇ」と鼻をほじりながら相槌を打っていたら、どういう経緯か僕までその飲み会に呼ばれるようになってしまった。

風間さんは現場監督的なポジションで、仕事はできるが、女性関係にだらしがない古き良きおじさんだった。

当初、僕は風間さんにビビっていた。
「男はこうであれ」「女はこうであれ」系の強々おじさんが僕は苦手である。きっと向こうだって僕のような前髪の長いオーバーサイズ着衣ガリガリ男には反吐が出るはずだ。

初対面のBBQで、彼が片っ端から女性に卑猥な言葉を投げかけた後、「いいから1つになろう」の一点張りで会話を押し進めている姿を見て、絶滅危惧種だし動物園に入れた方がいいと心から思ったのを覚えている。

そんな風間さんが、白血病で入院していると聞いたのは、それから半年後のことである。当の本人は「今の医療技術はすごい」と豪語していて、手術と投薬、それから持ち前の気力であっという間に回復するみたいなことを言っていた。

一方僕はと言えば過去、同級生が同じ病気で命を落としているので、些かこの話には懐疑的であった。

しかし風間さんは強かった。

なんと4ヶ月ほどで職場復帰を果たしたのだ。さすが強々おじさんである。復帰祝いに僕たちは、風間さんの家で飲み会をすることになった。よく知らん職場のよく知らんおじさん宅の全然知らんリビングで所在なげにする僕を、風間さんは優しくもてなしてくれた。

「副作用で頭が禿げちまってよう…これじゃ女抱けねえよ」と少ししょんぼりしていたが、今まで通りの風間さんで安心した。

帰り際、駅まで送ってくれた風間さんに僕は、
「また逢いましょう」と告げた。

何気ないこの言葉に、僕は強い意味をこめていた。僕がこの飲み会でほとんど言葉を発さなかった理由でもある。飲み会中、へらへら笑ってべらべら喋っていては、こんなありふれた言葉は希釈されてしまうと思ったからだ。

風間さんは一瞬ハッとしてから「お前良い奴だな」とだけ零した。

それからしばらくして、風間さんは再入院した。
最初はただの風邪だったが、そこから肺炎を起こし、がんも再発、、という想定していた中でも最悪の未来だった。

それでもなんとか一時退院を認められた風間さんは、「俺はもうダメだと思う」という柄にもない弱音と共に、再び僕たちを招集した。

なんて言葉をかけよう。脳みそをフル回転させながら待ち合わせの駅を出ると、なぜか風間さんは交番で捕まっていた。
どうやら選挙活動中の政治家に絡んで警察を呼ばれたらしい。

「こんなに元気そうで何よりって言いづらいことあります?」
そんなツッコミを僕は吞み込んだ。

命が燃えている音がした。
風間さんは爪痕を残そうとしている。
僕もそれに応えなければならない気がした。

リビングでは、えげつない量の料理たちが僕たちを待ち構えていた。どれも時間をかけて風間さんが自ら作ったものらしい。食の細い僕は全く戦力にならないので、その代償として、いつも以上に喋ることにした。前回遠慮していた"個"をほんの少し出すことで、風間さんも喜ぶと思ったのだ。

風間さんは「お前意外とまわすタイプだったのかよ」と驚いているようにも見えたし、そんな小手先のパフォーマンスなど見透かしているようにも思えた。

お暇するタイミングで、僕はあの日以来の「また逢いましょう」を告げた。お約束的に、あるいは合言葉のように自然に言いたかったけど、あまり上手に言えなかった。たとえば、付き合って3か月目の常態化した「好きだよ」のような生ぬるい惰性感が出てしまった。こんなんなら言わない方がよかった、と小さくなってゆく背中を眺めながら悔いた。

これが先月の話。だからこの話はこれで全てで、これが最新だ。

もしかすると、今読んでいるあなたに良くない期待をさせてしまったかもしれない。でも、それはすべて僕の責任である。

「おもしろき こともなき世を おもしろく」と高杉晋作は辞世の句を残したけど、僕はどうもそこら辺の感覚を履き違えている節がある。

風間さんがきっともう長くないこと、それをわかった上で彼との邂逅からの時間を見逃せないでいること、そして、この物語が終わりを迎えてからの方が話として収まりがいいなんて、極悪非道なことまで脳裏に過っている。

だから僕は僕を制止するために、ここで筆を執った。
風間さんが誰かとご飯を食べたり、誰かと喧嘩できる今がデッドライン。

風間さん、僕は「良い奴」なんかじゃないよ。
今だってこのセンシティブを綱渡りしておきながら、句読点や改行に注意を払う冷静な自分が信じられない。これがただの自慰行為で、風間さんの命を弄ぶ愚行ならば、いや、「ならば」なんて逃げ道を作っている時点でこの話は終わってるんだ。終わり続けているんだ。

僕は、好かれたくて計算をするような人間だ。

そしてその計算を見抜かれたいとも思っていて、更に、見抜かれたいと思っていることを察せられてしまうマヌケ、を演じたいとまで思っている。そういう多重構造が僕の中に常にあって、きっともう一生治らない。ガッカリしたなら、ごめんなさい。

でもまた逢いましょう。

ナンパの仕方とか。
過去の武勇伝とか。奥様との馴れ初めとか。
まだ聞いてないです。

叶うなら末永く、語り合っては、騙り合いましょう。

2024年11月11日 自室にて、寝なきゃやばい、深夜。


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