どうげんぼうず:黙らないラーメン店主の哲学

都内にある一ラーメン店主でX(旧ツイッター)で反差別反ヘイトを訴える投稿をしてるアカウント。
私がそんな麺屋どうげんぼうずさんを知ったのは社会活動(主にヘイトスピーチ規制条例制定やカウンター活動)を始めたばかりの頃だった。

今でこそ新大久保は韓国推し活の聖地として若い人に人気のスポットだが、在日コリアン集住地区として朝鮮人が身を寄せ合いコリアタウンとして形成された場所だった。

その場所を今から12年前、「外国人が日本人より生活保護の特権を受けている」という言説が広がり、たちまち「在日特権」という言葉が生まれた。そして「在日特権を許さない市民の会」(以下在特会)が形成され、新大久保や川崎など韓国、朝鮮人が多く住むところに向け、いわゆるヘイトスピーチが噴き出し始めた。
ちなみに私は在日コリアンでもなければ日韓のダブルや韓国、朝鮮の血筋もない。ちょっとかじり程度に韓国が好きなくらいの日本人である。そんな私が聞いていても不愉快極まりなかった。

しかし、当事者となる在日コリアンにとってはヘイトスピーチは心身の危険にまで及ぶ出来事だった。表札を外す、電話回線も切る、在日コリアンで著名人として活動されている方のところにはFAXで毎日ロール紙一本分無くなるほどのヘイトスピーチや嫌がらせが来ていると聞いていた。

同時にネット空間にも朝鮮半島にルーツを持つ人への攻撃で掲示板や書き込みが荒らされた。私も20年ほど前に韓国に関するホームページを運営していたが、設置していた掲示板を韓国、朝鮮の悪口で大量に荒らされたことがあった。

そんな中、新大久保でのヘイトデモに抗議する「カウンター」と呼ばれる人たちが出てきた。
彼らはネット空間でヘイトスピーチを吐き散らす「ネトウヨ」に対し、ネットであれリアルであれ、真っ向から対決をし始めた。
当時「ネトウヨ」はどこからともなく大量に現れ、その中に飛び込み抗議を始めたのである。

私がそのような問題に関心を持ち始めたのはほんの6年前だが、その頃からどうげんぼうずさんは普段ラーメン店を営みながら、ツイッターでネトウヨのヘイトスピーチに力強く対抗をしていた。

反差別、反ヘイト活動を行うアカウントとしてどうげんぼうずさんのアカウントは名前だけはよく知っていた。そして最近はイスラエルのパレスチナ攻撃に抗議する「#殺すな」アクションの発起人にもなり、休店日にはイスラエル大使館前での1人抗議も始めている。

そんなどうげんぼうずさんについて、昨年「どうげんぼうずという仕事」という本が出版された。そのことについて、実はnoteに記事があった。

私は起業をしながら社会を良くしたい、社会活動のために起業をした。
ラーメン店と事業の形態は異なるが、この記事を読み私は強い衝撃を受けた。

ラーメン屋がラーメンを作るのはただの業務なんよ、ギョーム。差別や虐殺や戦争をやめろって声を上げるんは、「大人の仕事」で、この国の住人の殆どは大人の仕事をサボっとるんよ。

(「麺屋どうげんぼうず」Twitterより)

差別や虐殺や戦争をやめろって声を上げる「大人の仕事」をこの国の住人の殆どは大人の仕事をサボってる。

私は何をやっていたんだろう?
起業する前は毎週末に集会やヘイトデモの場所へカウンター活動、周知活動とかけずり回っていた。プラカードを掲げ、ワット数もまあまああるメガホンも買い、差別主義者と対峙した。時には目の前でレイシストにスマホをかざされたり、ネットで長時間バトルも繰り広げてきた。今のキリスト教系人権団体の事務局員の誘いを頂いたのも、この頃だった。

そんな私は起業を始めたわけだが、何となく好きな韓国の事で起業をしながら懇意にしている市民団体にカンパや献金をより多く回せたらくらいに自分は思っていた。起業が忙しくなり、最近は集会や抗議活動にはなかなか行けなくなってしまっていた。

しかし、個人起業に必要なものとして、商品と共に自分の「在り方」が問われることも分かってきた。結論としてオンライン起業には「自分らしさ」や在り方の要となる。
そんな自分の在り方を追求したところ、やはり私はこれまで6年間やって来た反差別の活動と思いは切り離せないということに行き着いた。

しかし、日本の起業家文化には私のような人間の受け皿はないかもしれない。例えば自分の人間性は脇に置き、型にはまったのノウハウを教えればそれで済むかもしれない。しかし、在り方を無くして起業は成り立つのだろうか?
起業をしている以上、ある程度の自己開示は避けられない。問題はどれだけの人が自分の元に残ってくれるのかという事だ。

先ずは上記の書籍を注文したので、読んでからの感想も書きたいと思う。

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