【小説】ジーノ
時々、遠回りをして帰る。
一駅手前で電車を降りて、川を渡る。
大きな川にかかる、大きな橋。
明滅する光を、ひとつずつ見送る。
どんな季節も、この場所だけは、わたしの味方だった。
スターピースを5つ集めて、スターロードを修復する。
スターロードは、みんなの願いを叶える場所。
この世界のどこかに、そんな場所があるらしい。
スーパーファミコンで、その世界を知って
主人公と一緒にスターピースを集めてから、もう20年も経ってしまった。
スターロードは、今日もみんなの願いを叶えてくれているのだろうか。
川辺から空を見上げても、いくつか星が見えるだけで、答えはなかった。
「ねえ、ジーノ」
スターロードの住民の、その名前を呼ぶ。
ジーノはきっと、今日もスターロードでみんなの願いを叶えている。
「わたしの願いは、叶ったのかな……?」
わたしの願いは、そこまで届いただろうか。
と思ったときに、すぐに”違う”と思った。
こんな問い自体が、やっぱりおかしいのだと気づく。
願いがあるのならば、それに向かって努力をすべきだし、
願いが叶ったかどうかを、ジーノに尋ねるべきではないのだ。
わたしが、知っているべきだった。
だからだめなんだ、と
のっぺりと重たい空気が、肩の上へと落ちてくる。
だからわたしは今日も、曇った気持ちで空を見上げてしまう。
「見つからなかったよ」
これが、わたしの答えだった。
「20年も探したのに、わたしの”願い”、見つからなかったよ……」
ねえ、ジーノ。
君なら見つけられるさ、って励ましてくれる?
でももう、20年も経っちゃったんだよ。
この先の10年で見つかるっていうの?
ねえ、ジーノ。
わたし、わからないよ。
きっとジーノにも、わからないんだと思うけど。
*
「ばかだなあ、君は」
スターロードは、今日も忙しい。
いくつもの願い星が、空へと舞い上がってくる。
僕は、それをひとつずつ仕分けて、在るべき場所へと送ってゆく。
それが、僕の仕事だった。
だから、僕は知っている。
「君は、20年ものあいだ、いくつもの願いを送ってきたじゃないか」
小さい願いから、大きな希望まで。
君が覚えていることもあれば、忘れていることもあるだろう。
でも、僕は知っている。
君が打ち上げた願いのうち、”叶った”とよろこぶ、君の顔を。
僕は、何度も見てきた。
絵に描いたみたいな、ガッツポーズ
こっそりとひとりで、にんまりとする笑顔(ちょっとぶきみだったよ)
友達と、手を取り合ってよろこんでいたこともあったね。
実はあのとき、君の友達も、同じ願いを空に打ち上げていたんだよ。
ふたつの願い星が同時に煌めいたあの瞬間、僕はいまでも覚えている。
「長い人生の中で、いま君は、”願い”を持たない、その期間に立っているだけさ」
そういうこともあるだろう。
人間が毎日、願いを打ち上げてきていたら、スターロードはとっくにパンクしていたさ。
僕や仲間が何人いたって、足りやしない。
だから人間って、そういうものじゃないのか?
僕が住んでいる場所とは、事情が違うだろうから、正確なことはわからないけれど。
「君が、次の願いを見つけられるかは、僕も知らない」
僕は、スターロードに打ち上げられた願いを、受け取るだけで
未来予知ができるわけではない。
そして、すべての願いが叶わないことも、僕はよく知っている。
「でも君が、次に夜空に願いを打ち上げたとき」
「そのときは、僕が、このジーノが、君の願いを受け取るよ」
叶えてあげられるかどうかは、僕にはわからないけどね。
でも、僕が必ず受け取る。
大切に、在るべき場所へと届けよう。
「必ずだ。約束しよう」
*
川とか、球場とか、公園とか、
拓けた場所は、どこでも好きだと思う。
境界線がわからなくなる。
地面と、空の
水面と、空の
何かが永遠に続いているような錯覚に陥り、
自分が、ずいぶんとちっぽけな存在に思える。
それは、「自分なんか」という卑屈さとは違って
「こんなに世界は広いんだから、まあなんとかなるだろう」という
のんきな前向きさだった。
わたしは今日も、境界線を見つめている。
「あ!」
すうっと薄い雲が流れて、明るい星が視界に飛び込む。
きらり、とひかる。
「ああ、」星はそこにあるのか。
見えていなかっただけで。
ずっと、そこにあったんだ。
わたしは最後に、もう一度だけ境界線を睨んだ。
深く息を吸って、空と川にくるりと背を向ける。
「ありがとう、ジーノ」
草と砂利の感触を、しっかりと確かめる。
風が、新しい季節の匂いを運んできていることに、いま気づいた。
川は、季節の匂いがぶわりと濃くなる。
「いってきます」
願いがわからなくても、
また雲が流れて星がきらめくように、
わたしだってずっと、境界線を睨んでいるわけにはいかないから。
いつの日か、スターロードのとびきりの願いを、打ち上げられるように。
わたしは、まっすぐと歩き出すことにした。
(20年前にクリアしたゲームは、もちろんこれ! 名作!!!)