
掛け替えのないグレイ
朝5時、空を見た。
◆
夜を愛している。
仕事を終えて、帰ってひといき(または昼寝)をして
夜にはぐんと、元気になる。
わたしが植物ならば、きっと夜に光合成をする。
夜の養分を、エネルギーに変えて生きてゆける。
夜は、いずれ朝になる。
夜の続きの、朝が好きだ。
いつでも、松屋の牛丼の気分になる。
19歳のわたしが、ぴょっこりと顔を出す。
深夜のスタジオ、角の松屋。何を話したかもう覚えていない。
牛丼を食べて、帰る朝が好きだった。
何歳になっても、夜更けの朝の、少し浮足立つ感じは変わらない。
これから眠る。
でもきっと眠れない。
◆
ぐんと話し込んで、朝になってしまった。
これも、あのころみたいで懐かしい。
わたしたちは夜な夜な、Skypeで話し合った。
わたしたちは、江戸川コナンと灰原哀みたいだった。
実年齢が高校生のあのふたりより、まあうんと幼い感じではあったけれど
理解者で、共犯者だった。
もう、懐かしさでしか生きてゆけないのかもしれない、と思う。
それは言い過ぎかもしれないけれど、懐かしさに生かされているわたしがいる。
◆
空は、グレイだった。
うんと、グレイだった。
ぼんやりしているのに、夜はもうここにはいなくて、朝というには曖昧すぎた。
グレイの空。
鳥が一羽、飛んでいった。
北海道に越した彼女は、近年鳥にも詳しい。
届く写真の裏には、鳥の名前が書いてある。
「一羽だけ、違うのがまざっているのだけれど」なんて書いてあっても、区別はできない。
彼女なら、あの鳥の名前がわかるだろうか。
数年前まで、花はすべて花だった。
紫陽花と、向日葵と、バラと、まあそれくらいの名前は知っている。
鳥でいえば、カラスとスズメとハトとか、そんな感じ。
花を好きになって、ひとつずつ名前を覚えた。
永遠に初心者の域を出ないとは思うけれど
花屋さんを訪れると、季節の変わりを感じられるくらいにはなった。
ああ、無知とは恐ろしいな。
なにも知らなければ花はすべて花で
鳥はすべて、鳥なのだろう。
無知は物事を大枠で囲うような気がする。
男とか女とか、日本人とか、若者とか、
そうじゃなくて、ひとつずつに名前があって、ひとつずつが違うんだ。
見ればぜんぶ、犬は犬かもしれないけれど
種類が違って、そのひとつずつには名前があって
「盲導犬の訓練を受けたから吠えない」のではなくて、
オーちゃんはきっと、心優しいから吠えないんだと思いたい。
少なくとも、盲導犬の道を歩もうとする資質を持っていたのは、犬だからとかその犬種じゃなくて、オーちゃんがオーちゃんだったからなのだ。
◆
グレイの空を、見つめている。
見つめていると、雲が少しずつ流れてゆくのがわかる。
試しに、1分ほど動画を撮影して、早送りしてみたら驚いた。
小さな画面上で、何センチも雲が動いていた。
変わりゆく空、同じなんてない空。
「グレイの層」という短編小説を、思い出す。
彼女が言いたかったグレイって、こういうことかもしれないと思って読み直してみたけれど、なんだか違う気がした。
もう、確かめるすべはないけれど
グレイは、彼女のことを思い出す。
その、グラデーションのことを
白でも黒でもなくて、大枠で語るのではなくて、オーちゃんは犬だけどわたしたちにとっては特別な存在で、掛け替えのないことを
鳥も花も犬も、みんなそれぞれの色彩を有していることを
そして、それはわたしも
明朗な答えを求めてしまう心を、ぐっとおさえて
掛け替えのないグレイであることを、思い出している。
※「グレイの層」サンプルで読めます
※彼女のこと
※オーちゃんのこと
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