永遠を誓ったケイト・スペード
あれ、と思って
あ、と気づいた。
下北沢駅の、エスカレーターを登りながら
なぜだか、気がついてしまった。
携帯のケースが、壊れかけている。
べろり、と
外れてはいけないところが、外れかけている。
よくよく見なければ、引っ張らなければ、気づかないような
小さな溝、亀裂
「壊れちゃったの?」
「ねえ、これは壊れてる?」
慌てながら、一緒にいたふたりの友達に話しかける。
現実を直視することのできないわたしは、真実を確認したかった。
友達は、「ああ」と、なんとも言えない、頼りない返事だった。
「形あるものは、必ず壊れますから」
弟は、ゆっくりと静かに言った。
それはそうだ、と思った。
そうだよね、と思った。
でも、わたしは寂しかった。
これは、永遠を誓ったケイトスペードのiPhoneケースだった。
*
仕事帰りの原宿で、ケースを買ったことを覚えている。
何年前のことか覚えてないけれど、原宿だった。
付き添いで、ケースを見に行った。
そのときわたしは、別のケースをつけていたので、買うつもりはなかった。
それでも、出会ってしまった。
一番星のような、ケイト・スペード。
かわいいけど、もうケースはあるし
憧れのケイトスペードのケースは、決して安くない。
それでも、
それでも、
わたしは迷って、このケースを買った。
もう、一生一緒にいるような気持ちで
飛び降りるみたいな気持ちで、
すごい勇気だった。
*
ケースを買ったあと、わたしは何人かの友達に自慢したし、
会社のデスクに置きっぱなしの携帯を、「かわいいね」と言ってもらえて、わたしはご満悦だった。
良い買い物をした、と後押しされた。
かわいいこのケースは、わたしにはずいぶんと背伸びだった。
値段もそうだけど、
今までは無地とか、キャラもののケースを使っていたのに
花柄で、きらきらがついているケイトスペードは
わたしをほんの少しだけ、おとなにさせてくれるような気持ちだった。
ポケモンのカバンで出歩いても、
耳のついたフードをかぶっていても、
大きなクマの絵のついたセーターを着ていても
ケイトスペードのケースは、わたしのそばにいてくれた。
背伸びしたいわたしに、必要なエッセンスだった。
*
形あるものは、必ず壊れる。
わかっている。
もう、何年も使っていた。
わたしは寂しさをたっぷりと飲み込んで、
それはもう、ごくごくと飲み込んで、飲み下して
いまは、新しいケースを探している。
どうしても、似たもの、になっちゃうけど
やっぱりまだ、背伸びはしたいから。
もうすぐ、新しい旅の鐘が鳴る
このケースが、本格的に壊れちゃう前に。
もう、どうしようもなくなってしまう前に、
いまわたしは、
新しい旅の準備をしている。