東京は灯されて
今日は仕事をして、買い物までした。えらいなあ。
必要なものを買いに行くって立派な家事だし、めんどう。からだが重い。誰かが当たり前に、悩む前にさくっと終えてしまうことに、わたしはずいぶんと時間がかかる。
今日も仕事に行ってえらい。買い物までしてえらい。きちんと、褒めたい。
ドトールの、さらりとしたコーヒーを飲みながら、今日のエッセイを書くことにした。今日もきちんと、コーヒーが美味しい。
本日は最寄りのドトールから、日常(あるいは思考)の切れ端をお届けしているのだけれど、最近は遠回りが流行っている。いつもと違う路線に乗って、わざわざバスに乗って帰る。わたしはどこで電車を降りても、コーヒーを飲むか、ほんの少し散歩をするくらいでやることは変わらないのだけれど、「遠回りをした」という、ほんの少しの非日常のスパイスがわたしを勇敢にした。今日も会社に行った、買い物をした、遠回りをした、そういうふうに、わたしはわたしを励ます。
わたしは、一般的と比べると、乗り物が好きらしい。遠くへゆくというその過程そのものを楽しめる。ただし、座っている場合に限る。というのは結構ふつうの感覚だと思っていたけれど、友達はわたしに「君は乗り物が好きだね」と言った。
バスに乗る、というのはひとつのご褒美だと思っている。約250円を、おやつに使うよりも、バスに乗る方が楽しい。と思える。ひとくちにバスと言っても、どこを走るかで全然違う。坂が多いところは、特に好きだ。昼と夜は、それぞれどちらも良い。
仕事帰りなので、最近は暗い道を走っていることが多い。
対向車のヘッドライトを見るのが好きだ、とわかっているのに、いつも何も考えずに反対側に乗ってしまって、ひとつずつのお店の面構え見つめたり、看板を読んだりしている。
そうして、牛丼屋が明るいことに安堵する。
ただ、安堵する。それ以上はない。
時々、夜中にひとりで牛丼屋に行ったときのことを思い出す。あのときの安心感に紐づいているのだと思う。
深夜2時だか3時で、おなかが空いて、家族に「おなかが空いた」ということが面倒で、散歩に行くと告げて家を出た。不審がられたけれど、それ以上は何も聞かれなかった。そして牛丼屋のオレンジの灯りの中、ごはんとお肉の満腹さに安心して、生かされた。大丈夫だと思えた。ごはんを食べれること、嘘をつけること。こんな夜中にひとりでも大丈夫ということ。
そして、今日も牛丼屋が明るいということに励まされる。ただ、それだけだった。明日も明後日も。牛丼屋もわたしも。
東京は明るい、と思う。
わたしが生まれ育った田舎は、隣の家に猿がいたり、道端にもぐらがいたり、駐車場に鹿がいたりするようなところで、「チャリの灯りなんて意味を成さないくらい暗い」と馬鹿にされた。そうして、この人は本当の暗闇を知らないんだと思った。本当の暗闇でこそ、小さな光に意味があるということを、わたしはよく知っている。ゼロをイチにする光。
兎にも角にも自転車の灯りがなければ歩けないほど暗かった田舎には歩いて行けるところにコンビニはなかった。
東京に暮らしてから、何度引っ越しても駅まで徒歩10分、コンビニまで徒歩5分の暮らしをしているわけだから、東京の明るさには救われてばかりだ。だから時折、ゼロをイチにする光を見失ったりするのだけれど。それは目を凝らして探せばよいこと。わたしはわたしのペースで、東京を愛している。
東京も、むかしは暗かったのだろうか。
24時間営業のコンビニが登場してから、どれくらい経つのだろう。
地元では、わたしが中学生くらいのときに24時間営業になった気がするのだけれど、日本では1970年代には24時間営業のコンビニがあったらしい。まじかよ。
そう思うと、東京はむかしもそれなりに明るかったのかもしれない、と思ったりするけれど、むかしの東京を知らないので、想像することしかできなくて、まあどちらでもよいと思う。
それよりも、これからの東京も明るいのだろうか。
24時間営業のお店は本当に有り難いけれど、こんなにたくさんなくても暮らしに支障はないと思う。これから減ってゆくのかもしれない。そうなっても文句は言えない。仕方のないことだと思う。
ひとつ、どこかで24時間のお店がしまったら、わたしはそちらに向けて祈ると思う。夜の街を照らしてくれたことに、感謝する。その明かりの明かりのひとつひとつに。最後のひとつが消えるまで、祈ると思う。
最後が消えたときには、次の勇敢さを見つけられるだろうか。
そうなればいいなと思うけれど、もうしばらくは深夜の明かりに守られていたい。牛丼屋とか、コンビニとか、今でも何度でも、見るたびに好きだなあ、と思う。飽きもせず。