掌篇『美人薄命』
『美人薄命』なんて事はよく言われるが、まあ結果的に、その通りになってしまったな、と蹲る義母の背中を擦りながら思った。
義母は若い。自分と歳の頃は然程変わらない。若く、驚くほど美しい。この女性が家に転がり込んできたのは半年ほど前、既に胎には父との子を宿していた。挨拶や経緯の説明もそこそこに、当然のものとして我が家に居座り始めた彼女が当時、二ヶ月なの、と言った記憶がある。
性別などどうでもよかった。産まれてくる子は産まれる前から愛されていた。誰に言わせても「お母さんに似てきっと賢くて美人だ」と言った。よく知らなかったが、義母は父の出来のいい部下らしかった。
まあ仕方ないのだろうと思う。父も寂しかったのだ。父と折り合いの悪かった僕の母親が出ていって十年、その母が死んだらしいという話が聞こえてきたのは五年も前だ。父はその間、三人だった頃に建てた広い家に、僕と二人きりで住んでいた。彼は多忙の身だったから、家事はほとんど僕がこなしていたけれど、特に礼を言われたこともないし、親子という言葉から連想されるような暖かなコミュニケーションはこの十年、まるで起きたことが無かった。出ていくときに母が持ち去ってしまったのかもしれなかった。代わりに父は外で、会社で、一生懸命自分の足元を踏みしめ固めて固めて、自分の拠り所を作るのに血道を上げているように見えた。きっと父親でいる事に、そんなに自信が無かったのだろう。
その父が今、自分の意思でもう一度、別の人間の父になろうとしていた。
義母は蹲ったまま膨れた腹を掻き抱いている。その目は大きく見開かれ、大粒の涙をぽろぽろ零している。そんな悲痛な表情をしていて尚、美しいと思った。確かにこの母親から産まれるならば、子は美人だろう。もう顔を見ることもないだろうが。
僕はその背中を、できるだけ優しく擦り続けている。母が辛かった時、そうできなかった分を清算するように、心を込めて、念入りに撫でている。しゃがみ込んだ僕の右足首には、先程彼女の脚に引っ掛けた時の鈍い感触が、甘く余韻を残している。
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