渡せなかったチョコレート~初めてのバレンタイン~
この話はツイキャス配信や、ふとした雑談の中で何度かしているような気がするのだが、こうしてエッセイには書き起こしていなかったので、この機会に書いてみたいと思う。
私が人生で初めて男の子にバレンタインのチョコレートを渡したのは、母校の盲学校の幼稚部年長組の時だった。
一つ上の学年(小学部1年)に男の子が一人入ってきた。それがnくんだった。
まだ恋という物をちゃんと恋だと認識できていなかった当時5歳の私だったが、それでもnくんのことが好きだと思っていた。
それは今思うと、『男の子』という存在を、それまで知らなかったことによる物珍しさからくる一種の好奇心だったのかもしれない。
私の家は3姉妹だから当然男の子は居ない。
それに盲学校の幼稚部は、一般の幼稚園に比べてかなり人数が少ないところだったので、女の子は一人二人居たけれど、男の子は全く居なかった。
だからnくんが人生で初めて知った『男の子』だったのだ。
「私nくんのことが好き」
「大きくなったらnくんと結婚して二人でドーナッツ屋さんを開くんだ」
と担任の先生や母親に喋りまくっていた記憶がある。
nくんはどう思っていたのかは分からないが、それでも休み時間に一緒に外の遊具で遊んだり、帰り支度をしているところに授業で書いた絵をそっと見せに来てくれたりと、nくんの方にもそれなりに脈はあったのかもしれない。そうであってほしい。
そんなわけで、バレンタインの日もnくんにチョコレートを渡すんだと意気込んでいた。
そしてやってきたバレンタイン当日。
「nくん呼んできてあげようか」
2時間目と3時間目の間の休み時間に、担任の先生がnくんを呼び出してくれた。
ところがである。
チョコレートを渡そうとnくんを目の前にしたとたん、私はその場で固まってしまったのだ。
それまではnくんと普通に話せていたのに、その時は声さえも出なかった。
自分でもビックリした。そしてそのことが不思議だなあと思った。
あれだけバレンタインにnくんにチョコレートを渡すんだと意気込んでいたのに、結局渡すことができなかった。
そのチョコレートは先生が代わりに渡してくれたのか。それともそのまま持って帰って自分で食べたのか。
その後のことはもう覚えていない。
今思うと、あれが私の初恋だったのかもしれない。