競歩ラリーの練習
1月から2月の時期になると、一般の学校ではロードレースやマラソン大会が行われていると思うが、それは盲学校でも同じだ。
幼稚部から高等部普通科まで通っていた地元の盲学校では、毎年この時期になると、『競歩ラリー』という行事が行われていた。
学年や個々の体力によって距離は異なるが、全盲者は先生とペアで、弱視者は単独で、最高でも女子は4.5キロ、男子は10キロもの距離を、その名の通り競歩するのだ。しかもこの寒い時期に。
もちろん苛酷な協議ではあるのだが、私はそれほど嫌いではなかった。
本番に先駆けて、12月に入ると体育の授業では競歩ラリーの練習をするのだが、私は本番よりもこの練習の時間が好きだった。
と言うのも、普段は教室で勉強をしている時間帯に学校の外に出られることが新鮮だったからだ。
そして学校の外に出たからこそのおもしろいことやハプニングをいろいろと体験できるのもこの時間だった。
まずは幼稚部の時の競歩ラリーの練習中に、首輪に繋がれていない大型犬が追いかけてきた。
私たちはその犬から逃げるため、練習を中断して、近くにあった電気屋さんに駆け込んだ。
そこでしばらくの間、電気屋さんにはどんな商品があるのか触って歩いた。
電気屋さんの商品を触る機会なんてほとんどなかったので、それはそれは楽しい時間だった。
競歩ラリーで歩く道のあちらこちらには、お茶や大根などの畑があった。
まだ幼稚部だったからなのか、競歩ラリーの練習と言ってもそれほど厳しくはなかったようで、歩いていて畑の大根を見つけると、練習を中断して、ペアの先生がこっそりその大根を触らせてくれたこともあった。
その緩い練習スタイルは、小学部に上がってからも続いていて、私と先生のペアと、その後ろをついてくる弱視の男子の3人で、しりとりをしながら歩いたり、なぜか『小さな世界』を歌いながら歩いたり、またある時はその当時私が国語の授業で『クジラ雲』をやっていたこともあり、歩きながら空に浮かんでいる雲が何の形に見えるのか、先生と弱視の男子に説明してもらいながら歩いたりしたこともあった。
しかし学年や本番で歩く距離が長くなっていくごとに、授業での練習も苛酷な物になっていった。
以前のように、大根畑の大根をこっそり触らせてくれたり、しりとりができるような緩いスタイルも、いつしか無くなっていた。
練習中唯一の楽しみは、途中に通るガソリンスタンドで、行き帰りに流れていた音楽を、心の中で密にチェックすることぐらいだった。
それでも外を歩いていることには代わりないので、過酷な練習の中でも、たまにおもしろいことはあった。
高等部普通科の時の競歩ラリーの練習中、キリスト教を語る何等かの宗教の宣伝カーに遭遇した。
練習はみんな一斉にスタートするので、友人たちもその宣伝カーの存在を共有していたようで、
「ねえ、競歩ラリーの練習の時に通ったあの宣伝カー、「悪いことをした人は地獄に落ちます」とか言っててやばかったよねえ」
「俺入りまーすってあの車の前で叫んだら、本当に入信させられるのかなあ」
「てかあの宣伝カーの男の人の声、n先生にまじ似てたんだけど」
などと、体育の授業が終わってからの私たちの間でかなり話題になった。
今思うと、競歩ラリーの練習の時間は、おもしろいことの宝庫だったかもしれない。
今でもこの時期になるとふと思い出してしまう話である。
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