『PM!!』 (第3話) 『体を張るな!take2』 軽自動車(MIZUKI 660cc Ladybird)
●スタッフロケハン
ぞろぞろと歩くスタッフたち。監督・幸田、撮影・狩野、照明・正田、美術・恩田、佐藤レーシング、それぞれの助手、中邑Pr.
「こちらでーす」
「寂れてね?」
「いやー味があるといえばあるけど…」などと口々に言う。
潰れた駄菓子屋。
「やってねーじゃん」
おもむろにシャッターを開ける左庭。中には駄菓子屋がそのままあり、何十年も営業してきた器としてのリアリティがある。
「ここを駄菓子で埋めて、お店復活させるっていうのはどうですか?」
左庭がスタッフに言う。「ここからだと、あ、ここのおばあちゃんの座ってたとこ目線なんですけど、抜けの潰れた銭湯がいい感じで…銭湯の暖簾とか、自販機とかは美術さんに持ってきてもらってエキストラとかも入れれば、活気があった頃の昭和な商店街再現できるんじゃないかと」
カメラマンの狩野が店側に入ってデジカメでアングルを切る。それを見る監督。
「ああ、案外いいね。ちょっと、左庭くんアングル入ってみて。川瀬ゆず何センチ?」
「161センチです」
「じゃ、その感じで」
りんご飴買う風な芝居を低くなってする左庭。
「それじゃ、感じでねーよ」とからかわれる左庭。みんな少し笑う。
「この通り全体、そこそこ活気ある感じにできるの?プロダクション的に?」と監督。
「できますよ」中邑がツルッと言う。
「ほんと?」狩野が言う。
「美術、恩田さんですから」と中邑が微笑む。
「振るなー」と、苦笑いする恩田デザイナー。
「当たり前じゃないですかー」場を和ませる中邑。
左庭、ホッとして路地を見る。賑わいを想像する。
「じゃあ、クルマの寄りとフルサイズの引っ張りのカットもこの路地で行くか。追っかけのリアもここでいいか」と監督が具体的に話し始める。「引きは映りをきつめに正田さんに作ってもらいつつ、編集でシャドウ入れると…」と監督。
スタッフが路地出て、細かく美術の打ち合わせを始める。左庭張り付いて必死にメモ取ってる。ようやく動き始めた。
「三嶋さん助かりましたよ」中邑がホッとして言う。
「いえいえ、僕は何も。この路地見つけて、駄菓子屋の引退したおばあちゃん口説いたの左庭くんですから」
驚く中邑。
「熱心だよなー」
スタッフたちが話すのをわからないなりに横で食らいつく左庭。
中邑、その姿を見ている。
撮影当日までは地獄だ。現地の見取り図、走行シーンの撮り方・コース・スピード、劇車、カメラカーの位置関係。車止め、人止めの手配。警備員の位置決め。タレント控え室、クライアント・代理店の控え室、弁当、エキストラ手配、撮影・照明・特機の機材発注、美術の確認などなど。やることが山のようにあり、それをPPM資料にまとめると分厚いA4冊子になる。制作部だけで確認ロケハンや現地の根回しなども丁寧にやる。
「まじ、終わんねー」
「左庭、飯は?」戻って来た鈴木PM(先輩)が声をかける。
「まだす」
「吉牛買ってくるわー」
牛丼食べながら「手伝ってやりたいが、俺もPPM近いからテンパっててなー」と鈴木。
「大丈夫っす。朝までにはなんとか」
「毎回思うけど、このPPM資料作りって不毛だよなー。なんでも確認・確認の時代だから仕方ないけど。もはや確認するための確認になってるから」
「ですよね」
「契約書もないのにな」
「そうなんですか!?」
「うん、ないよ。まぁ、口約束だよね。だって俺らもスタッフと契約なんかしたことないじゃん」
「確かに」
「お互いの信頼だけでやってるからな」
「はい…」
「だから、PPM資料手抜くな。なんかが一枚足りてないだけで大騒ぎされるぞ、柿沼あたりに」
「ああ…汗」想像がつく左庭。
「さて、やるかー!」と去る鈴木。
「はい」残りの牛丼を見つめ、豪快に掻っ込む左庭。午前三時。
朝7時。中邑がPPM冊子をチェックしている。付箋を貼って直しの箇所を入れる。うつ伏せの左庭を起こす。
「おい、左庭。」
「あ」
「ここ直しとけ」ばさっとPPM資料を置く。
「ええっ?」
「うるせーんだよ、代理店が。安全第一、クレーム対応。営業さんには俺からメールしとくから」
「マジすか」
「コーヒー淹れたからまず飲め。で、すぐ直して、全部差し替えるぞ」
「ああ…涙」
警備員の場所のポイントを見取り図にマークし直して、配置図を修正する。
「9時半にMIZUKIのロビー集合だ。俺がクライアント直で持ってくから、あと一時間ないぞ」
「はい、やってます!」凄いスピードでMac作業する左庭。
中邑も見積もりを打ち直しプリントアウト。
二人で、全ての冊子に差し替えをする。冊子を全て確認。時間ギリギリ。
中邑が飛び出して行く。
「いってらっしゃい!」
そのままソファに倒れ込み、気を失うように寝てしまう左庭。
●撮影当日。メインの駄菓子屋カットの撮影をしている。
「カット5テイク2いきまーす」左庭が大声でスタッフに告げる。
「よーいスタート!」
川瀬ゆずは勘もよく運転もうまくて監督の意図を的確に演じている。
(かわいーなー…)と思いながら、見事に再現された昭和の賑やかな駄菓子屋に満足げな左庭。
「はいOK!」と、幸田監督。
「次、寄りカット行きまーす」左庭が声をあげた。
駄菓子屋のシーンが終わり、走行シーン。劇車、カメラカー、監督車が動き出す。全て指示はインカムで行われる。「はい、先導車スタート!」クラクションが鳴る。「カメラカー、劇車もスタート。20kmキープ、はい、30kmまであげて、はい、そう。カメラ、フロントにちょい寄り…ああ、いいすね、そのまま走りキープね」
左庭はメインの道の脇の路地の車止め・人止めを任されている。
ポカポカした撮影日和。左庭、疲れがピーク。無線で、本番が回ったことを知る左庭。そこに車が入ってくる。気がつかない左庭。気づいたときにはかなり迫っている。
(やば…)
体を張って車を止める左庭。クラクションが激しく鳴る。怒声。
「あぶねーだろ!」
「すいません、撮影で…」と説明するもキレるドライバー。
「関係ねーよ、急いでんだよ!」
「はい、OK!」の声が無線で聞こえる。ようやく車を逃す左庭。そこに中邑が走ってくる。
「撮れました?」と左庭がいうと、
「馬鹿やろーっ!」中邑が怒鳴った。
「え…」
「何、体張ってんだよ!張るんじゃねーよ!いい絵を撮るためなら何やってもいいわけじゃねーぞ!事故になったら大問題になるんだ。撮影中止になるぞ。お前、責任取れないだろ!これはCMなんだ!いいか、忘れるんじゃねーぞ!」
「あ…すいません」
シュンとする左庭。
「左庭くん」
「あ、監督、すいません」
「おかげでいい絵撮れたよ。日差し、ぎりだったしな。もう建物の陰になっちゃうから」
左庭に電柱の影がかかっている。
「車、もっと前でさばかないと危ないぞ」
「はい…すいません、ありがとうございます」
「次、今の寄り。牽引でゆずちゃん入れて撮るから。スタンバイさせといて」
「はい!」ダッシュする左庭。
監督車でモニターをチェックしている幸田。
「監督すいません。フォローしてもらっちゃって」と中邑。
「あ…いやー。柄にもなく」と苦笑いする幸田。「最近、怒ってくれるプロデューサー少なくなっちゃったからさ、俺がいつも嫌われ役やんなくちゃなんないんだけどな。ラッセルはちゃんとしてるよ」
「ありがとうございます」と頭を下げる中邑。
「さーて、後ちょっとだなー、この路地も」と劇車の方へ行く監督。
お疲れ様でしたーっと花束をもらってにこやかな川瀬ゆず。スタッフの拍手。無事撮影終了。大きく息をつく左庭。
速やかに撤収を手伝うべく走る。
帰りのロケバスの助手席で死んだように寝ている左庭。
●編集 オフライン編集室。
『オフライン編集とは撮ってきた膨大な尺の映像を演出コンテを元にして15秒にまとめる作業だ。これがとても時間がかかり、代理店と協議しながら数タイプ作る。特に幸田監督はとても細かいタイプだ』
「そこ5F切って、次の頭3F伸ばし」
「はい」エディターの今野がテキパキと捌く。
「ゆずちゃんのりんご飴の頭10F伸ばして、口開けるとこから使って」
(ゆずちゃん、いい顔してるなー)などとモニターを見つめている左庭。
「監督、そろそろ甘いもん行きますか」
「お♡」
美味しい大福を差し入れする左庭。
そこに中邑が暗い顔で入ってくる。
「あ、中邑さん、ちょうど今…」
「監督、ちょっとご報告が」
編集室のソファでごにょごにょ話している二人。
「改ざん?」
「らしいです。今、営業さんからの連絡です。今夜ニュースに流れます。謝罪会見もあるらしくて」
「マジ?」
(え…)と左庭。
「で、どうする。柿沼さんなんて言ってるの?」
「ブチ切れてます。とにかくオフラインまで仕上げて待機だそうです」
モニターには仮に入れたスーパー。
車のフロントの走りの映像に『35km/L (当社比) どこまでも軽快!』と入っている。
左庭、モニターを見ている。がっかり。
皆、帰った後の編集室。小さなUSBスティック。そこに中邑が来る。
「あ、お疲れ様です」
「ひどい会見だった」
「もったいないですよね。あの車デザインいいんだから、燃費とか改ざんしなくたって、きっと売れるのに」
「まぁな。でも他の車種でもやっていたようだから、しばらく自粛だろうなMIZUKIのCMは」
「そうですか…」
「FACTは変えちゃいけないんだよ。それがCMさ」
「はい」
編集室の疲れた二人。
翌日。会議室で打ち合わせ後を片付けつつ、ため息をつく左庭。
そこに中邑がくる。
「おい、ここの駄菓子、お前なんとかしとけよ」
「え、まじすか?」
会議室には山のような駄菓子。
そこから、りんご飴を取り、左庭に放る中邑。左庭ナイスキャッチ。
「次の撮影でスタッフに食べてもらいます」と左庭は明るく言う。
中邑は「次。次〜」と歌いながら去る。
左庭、そのりんご飴をパクッと齧る。甘くて、酸っぱい。
<3話目『世界中探したのか!?』(ユウヒビール・ハイパードライ競合プレ)へ続く>
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