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アーネスト番外編スピンオフ/ナヲズミ編(1)
1年前の、年明け以来か……。
父と弟のいる、実家へと帰るのは……。
久方振りの、故郷の北海道の土地に、ナヲズミは
いま訪れていた。
昨年の夏も、そして今年の正月も、どちらも共にNsウォッチの製品のことで
付きっきりだったため、こうして帰るのも時間が空いてしまったのだ。
そうして今年の夏は、帰るかどうか、考えていた折に、
父のコダマから電話の連絡をこう受けたのだった。
『5月とか、6月ごろから考えていたことで、
ここの実家を、改築することに決めたよ。
――なにせ、ナヲズミや弟のヒロキが
子どもの頃からの家だからね。
…もう35年以上は経つ時期だから。
古くなってきた部分も目立ってきたし、
自分も2階の部屋に上がるときに、ちょっと階段の上り下りが
急に感じるようになってきたから。
それで、一緒に住んでいるヒロキと話して、この際だから、
新しく改築し直すことに、決めたんだ。」
ヒロキとは、ナヲズミの弟だ。
父が、電話で話をつづける。
「…だから、そのための物の片付けとかで、ナヲズミの昔のものとかも
出てくるかもしれないから、今年の夏は、こちらに帰省して
来てほしいんだ。――どうだろうかな?』
…そう言われて、ナヲズミは、実家に行くことを考えた。
……しかし、この夏の、突然の社内への来客
(皆浦とトキハルのことだった――。)から、
Nsウォッチの製品の一部を、作り替えることに急きょ決まって
しまったのもある。
会社でも、なにぶんバタバタとしている。
休みを取っても構わないものだろうか……。
ナヲズミは、園多社長に話に出してみる―――。
「ふうん……。そうか。
――なら、それはしばらく帰省して帰った方がいいね。」
「え…、よろしいのですか?」
会社もこの今の様子ではあったが、
社長は、実家への帰省を勧めてきた。
…あまりにも、あっさりと返事が来て、
ナヲズミも、拍子抜けをしそうな位だった。
そんな彼の様子を見越して、社長は、こう答え直した。
「うん。そうだよ。
――Nsウォッチが、完成して製品化するまでに、
…僕も、君に頼りっぱなしだったからね。
だから、君には感謝の気持ちをこめて、
しばらくの、実家に寄れる まとまった時間くらいは、
あげたいって思っているのさ。
―――あ、それはなにも、先日の、あのことがあったからじゃないよ。
今言った、言葉通りの意味で――、君への、日ごろのお礼ってことさ。
…だから、行っておいで。ナヲズミ君。
こちらの会社のほうは、大丈夫だから。」
「はい……。ありがとうございます。社長。」
ナヲズミが、それを聞いて一礼をした。
(先日の、あのこととは、彼が――会社見学で来訪したトキハルに―
許可なく開発中のプログラムを試そうとした事柄だった。
そのことに、社長は怒っているから
休暇を与えたということではなく――、
その件に関係なく、日頃の貢献してくれている姿勢から、
君に休暇を出してあげたいという、社長からの心遣いだった。)
ナヲズミもまた、その言葉を受けとることにした―――。
****
そうして実家に帰る日取りも決まって、――こうして彼は、
故郷の北海道へと到着していた。
冬は雪国とはいえど、夏はやはり暑いものだ。
札幌空港から、さらに電車を乗り継いで――、
ようやく懐かしい、地元の見慣れた光景へと近づいてきた。
「ようやく…、到着、と…。」
このあたりの駅になると、主に観光客よりは、
地元の人々が中心となるため、札幌の場所ほどには
にぎわっていない。
…しかし、それが懐かしいと思わせる要因でもあると、
ナヲズミは思っていた。
空港での、飛行機の到着時間は実家に伝えていたが、
…地元の駅での到着時間までは はっきりとしなかったため、
駅からも、タクシーで向かうのでとくには迎えは必要ないとだけ、
伝えていた。
駅に1、2台ほどの停まっていたタクシーに乗って、
ナヲズミは残りあとわずかの、家までの距離を移動した―――。
畑や、土地が多い環境のなか。
そこに、ぽつりぽつりと
一軒家と、たまにアパートなどが見えてくる。
「……あ、あとは、その角を曲がって頂いて。
――はい、その家の前で。大丈夫です。ありがとうございました。」
タクシーのメーターが停まって、ナヲズミは、財布を出した。
現在ではバスやタクシーなども、そろそろ自動運転車が出てきたが、
今乗ったものは、完全な自動運転というよりは、
簡単なアシスト機能ほどだろうか?
ナヲズミよりも年上の、50代半ばくらいの運転手に
お金を渡して、後部座席から外に出た。
「あ……。」
トランクの荷物を出していると、
実家の玄関から板きれのようなものを抱えて
外に出てきた30代ほどの青年が こちらに気付いた。
――その彼は、タクシーが出発すると…ナヲズミに向けて、
気さくな笑顔で、こう声をかけた。
「おかえり、兄ちゃん。」
弟の、ヒロキだ。
どうやら家の中も、片付けの真っ最中だったようだ。
やがて玄関の内側から、「おーい、ヒロキ。これも……」
と呼びとめるような声が聞こえてきて、ドアがガチャリと開いた。
「おぉ、なんだ。――もう着いていたのか、ナヲズミ。」
メガネの奥で、目を丸くして言った父と――
それから先に気付いた弟に、ナヲズミが声をかけた。
「あぁ。たった今、着いた所だから。
……ただいま。…父さん。……それに、ヒロキも。」
玄関の前にかけてある、伯来―Hakurai―という表札が、
久々に帰省したナヲズミのことを、あたたかく出迎えた――。
(つづく)
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