家族との関係
お立ち寄りいただき
ありがとうございます。
最近。
少し残念に感じたことがありました。
家族、特に妹とのことです。
家族の中で私だけが
遠方にて生活をしています。
父の病気が発覚してから
短いスパンで妹から
地元に帰ってこないか、と
何度か連絡がありました。
その都度私は
仕事への思いもあり
実家に帰って生活することが難しいと返答し
戻る意思がないことを伝えました。
妹からすると
妹自身も持病があり
そのことと父の今後の病気の進行状況によって
お世話が大変だから
手伝ってほしい、という要望でした。
姉が実家近くで生活していますが
子どがまだ義務教育期間であることや
姉が一人で子育てしていることから
負担をかけられない、という理由があり
かたや、私は子育てが一段落し
ひとりで自由の身であるのなら
地元に帰ってきてほしいという思いがあったようです。
私はそれができないので
遠方にいながら自分にできることを探し
今、毎日両親へ電話をしています。
電話の内容を私が記録し
姉妹で共有しています。
日によって父の声に元気がない時もあれば
弾むように自分から話をしてくれる日もあり
その様子や会話の内容を
姉妹に伝えています。
両親をいつもみてくれているのは妹で
父の病気が分かったのも妹のおかげです。
私が毎日電話し
その状況を共有することで
変化の記録になれば、と思ったのがきっかけでした。
離婚時。
実家に帰る、という選択肢が
なかった訳ではありません。
最終的に私が帰る選択をしなかった理由は
私の”望み”がそこにはないからです。
実家に帰ると
家族と過ごす時間が増えるのは嬉しい。
だけど。
実家に帰ってしまえば
私の望みを諦めてしまうことになってしまう。
家族が嫌いな訳でも
地元が嫌いな訳でも
大切にしていない訳でもない。
生まれ育った場所が好きですし
両親からたくさんの愛情もらい育ててもらった。
私は家族が好きです。
ただ。
今世。
私は”私を生きたい”と願い生まれてきた。
これまで私を生きたくとも
生きることができずにいた過去世。
過去世の自分を知る度
私は自ら自分の人生を切り拓くことができる、
何度も何度も挫けそうになりながら
彼に支えてもらい
自分を信じてここまでこれた。
現時点がゴールではありません。
私はやっと。
自分を生きるスタート地点に立てています。
その経緯はともあれ
妹には
妹の望む家族の形には沿えない旨を伝えたとき。
妹が私に不満をもっていることを知りました。
妹が心に引っ掛かりを感じていたのは
二つ。
家族のグループラインに
姉の子どもは入っているのに
私の子どもを私の一存でいれなかったこと。
離婚時に
私が子どもの荷物の一部を実家に送ったこと。
この二つでした。
姉の子どもは生まれた時から
実家近くで生活しており
物理的な距離や心の距離も近かった。
かたや
私は何十年もずっと実家を離れて生活しており
子どもと私の両親との関係は
年1~2回会うか会わないなかの関係であり
物理的な距離、心の距離もあった。
子どもは私の両親とは
個々のラインでつながっていますので
あえて
私は子どもを家族ラインには加えませんでした。
必要なことがあれば
子どもにはその都度伝える、と
そのように妹に伝えていました。
それを妹は快く思わなかったようで
妹は私の子どもを家族として認めておらず
私が離婚の際
実家に送った子どもの荷物に対し
いずれ両親がいなくなれば
その荷物を処分するのは私か姉になる、と言われ
子どもの荷物を実家に送ったのはあなたの甘えであり
今はレンタルスペースというものがある、
処分するかそこへ荷物を移して、と言われました。
妹がそのような不満をもっているとは知らず
私は妹に謝り
妹が色々両親のことを
みてくれているのを知っているので
感謝も伝え
荷物の件は少し待って欲しいと伝えました。
私が実家に戻る意思がないと伝えたことで
思いもよらない事態になりました。
近々帰省し限りある時間の中で
子どもの荷物はともかく
私は実家にある自分の荷物の処分をしてきます。
ゆくゆくは処分しなくてはいけないもの。
今回の件で
実家には私の居場所はもうないと感じます。
そうだとしても
私には大切な場所であり
たくさんの思い出が詰まっています。
私の心の中にその思い出をしまっておく、
それで充分です。
姉妹の負担になる前に
自分でできることは
自分でしてこようと思っています。
正直、妹との関係性は良好に感じていたので
こじれてしまったかのように感じてなりませんが
帰省時に会えるので話をしてきます。
和解できると信じ
今は妹のその思いを受容れるだけです。
両親へは毎日電話すると決め
最初は電話しなきゃ、と感じていたものが
毎日会話することで
私自身の心の傷が癒されていくのを感じています。
過去世で得られなかった家族との時間。
私はこれまで生きてきて
今が一番家族と向き合えているんじゃないかな、と
思っています。