レーダーの原理は「グリッサンドやまびこ1人ハモリ」
レーダー、なにかとモノの状態を探知するアレである。天気予報の雨雲レーダー、野球中継の球速レーダー、他にも船やら飛行機やら鳥やら、あらゆる物の場所や速度の探知に活用されている。
昨今は自動運転にも活躍の場を見出そうとしている彼らだが、その原理を気にしたことはあるだろうか。電波が何やらややこしいんでしょ、とお思いのことと思うが、実は非常にわかりやすい仕組みで成り立っている。
彼らはやまびこの「こだま」を聴いているのである。
ヤッホー!ヤッホー…ヤッホー…
やまびこといえばヤッホー。誰が決めたわけでもないが定番の台詞。実際にやったことはなくとも、現象としてやまびこは有名であろう。より身近なところでは、階段の踊り場や体育館、ホールなんかで叫ぶと少しラグがあって自分の声が「こだま」として壁の方から聞こえる。あの時間差は、音が何かに当たって、跳ね返って、自分の耳に入るまでの時間なわけである。音速はだいたい340[m/s]なので、実は音が行って帰ってくるまでの時間差が分かれば音を跳ね返してきたヤツまでの距離を簡単に逆算できる。(距離[m]=速さ:340[m/s] × 時間差/2[s])
小さい空間では距離が短いので大抵自分が声を発しているうちに反射が返ってくる。対して、山から山までほどの距離があると、ヤッホーと言い切るまでの時間をかけても音が返ってこないので、反射音がしっかり分離して聞こえる、というわけだ。ここで改めて、時間の計測に最適なやまびこの台詞を再考してみよう。ヤッホーなんて冗長な文句が代表顔をしているが、やまびこを使って距離を測定するためには長すぎる。可能な限りデカくて短く
ヤッ!!!
って言う方が精度が高くなる。最初に帰ってきた反射音「ヤッ…」までの時間が計りやすくなるからである。
最も基本的なレーダーは、この原理がそのまま採用されている。パルスレーダーと呼ばれる類のレーダーである。ヤッ!!!の代わりにパルスと呼ばれる短い時間に大きな振幅を持つ電波を送信する。
祭で花火を観測してから太鼓を打つような爆発音が響くまで、あるいはカミナリの煌めきからゴロゴロ鳴るまでには大きなタイムラグがある。それはつまり光の速さと音の速さには非常に大きな差があることを示している。1秒間で地球を7周半する光は音の100万倍の速さで伝達する。しかし、本質的にどちらも波であるということは変わらない。我々がやまびこで音の跳ね返りまでの時間差を計測するように、レーダーでは非常にスピーディに帰ってくる電波の「こだま」を検出することでその時間差から距離を測定しているのである。 (同じ電磁波の仲間である光、赤外線を使ったLiDARという技術にも、パルスレーダー的な技術が使われている。簡単にスマホで3DスキャンできるようになったのもLiDARスキャナのおかげ。技術名はdirect Time of Fright, dToFとかいうやつ。光の飛行時間を計測して距離を算出する。)
ただし、この計測方法で時々刻々と変動する物体の距離を測ることを考えてみよう。ヤッ!!! ヤッ!!! と計測するたびに短く大きな声を出さないといけなくなる。そう、コスパが悪い。
試しに少しさぼって、ずーっと「あ~~~~」とロングトーンしてみる。すると、もちろん反射して同じように「あ~~~~」と声が返ってくるわけだが、自分もずっと声を伸ばしているので、自分が出した音なのか返ってきた音なのかわからなくなる。こうなると時間差が計測できなくなってしまう。「こだま」が返ってきてるのかもよくわからない、これはダメなやまびこだ。
しかし実は、ここに一振りスパイスを加えるだけで、現在自動運転でも検討されているようなレーダー変調方式に様変わりするのである。それは…
グリッサンドである。
ピアノで滑るように手を動かして痛くなるやつかっこいいやつ。ベースがドラムのフィルインに合わせてやりがちなやつ。あらゆる楽器で”高→低”でも”低→高”でもいいが、なめらかに奏でてエモくフレーズを繋げるやつである。今回は低い音から高い音になめらかに移動するグリッサンドを考えてみよう。ヤッ!!!の時には自分の出す声と返ってくる声が分離すればするほど良かったわけだが、もちろんグリッサンドでは、自分の声が返ってきてもなお、伸ばし続けることになる。すると…
「あ↓~⤴~↑」(文字で書くのムズ)
「(反射)あ↓~⤴~↑…」
あ
ハモってる!!!
過去の己の低い音が返ってきて、今出してる高い音と合わせて、一人でハモれるのである。しかも、反射するまでの時間が長いほど「詰みの離れたハモり」に、短いほど「近い音でのハモり」になるから、「どれだけ音の離れたハモりか」で距離が分かる!!というわけである。
…ええ、もちろん聡明な皆様なら気付いている通り、別に綺麗にハモるわけではない。単に「高さの違う音」が同時に鳴っていることをハモりといっているわけだが…まあ、いいじゃないか。ひとたび3度でハモったらずっとその関係でハモり続けるわけなのですよ。
この方式は正式名称をFM-CW方式という。FMとはFMラジオのFMで、Frequency Modulation、 すなわち音の高さ(電波の周波数)に意味を持たせること、今回の文脈ではグリッサンドのことである。CWとはContinuous Wave、 すなわち正弦波、平たく言って「あ~~~」のことである。つまりFMCWとは「あ↓~⤴~↑」とグリッサンドすることそのものを表している。FM-CW方式はパルスレーダーより瞬間的な大電力のいらない、より賢い方式なのである(詳しいプロコンは軽く調べるだけじゃよくわからなかったです。周波数が高ければ分解能が上がるのかな?)
余談だが、単純なCW方式というのも存在する。これは途中でダメやまびことして紹介した単一の高さの「あ~~~」のことである。同じ音なら返ってきた音とハモれないからだめじゃん、と思うじゃん?まあ実際そうで、距離は測れない。その代わり、「速度」は測れるのである。救急車でおなじみ本来の音から高くなったり低くなったりするドップラー現象、これは反射したときに物体が動いていることで起こる。つまり、自分の歌った音よりどの程度高くなったか/低くなったかで対象物体の速度を検出することができる。これはFM-CW方式でも同じ議論ができるので、実はFM-CW方式を使えば物体の距離も速度も分かる。
自動運転など多くのレーダーに使われているFM-CW方式は、つまるところ「グリッサンドやまびこ1人ハモリ」であることが分かった。もし山に行く機会があれば、是非「グリッサンドやまびこ1人ハモリ」で気持ちよくハモりつつ、向かいの山との距離を算出してみて欲しい。
…と、こんなノリで、通信やセンシングの電磁波の世界を音楽で表現できると、面白い。面白い?と思うのです。また何かネタが思いついたときに更新したいと思います。
参考
ミリ波レーダーとは? | エスタカヤ電子工業株式会社 (s-takaya.co.jp)
グリッサンド - Wikipedia
LiDARとRADARの比較 :包括的な比較 (yellowscan.com)
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