【人肉配信捜査官】
高層マンションの一室。ソファに座ったまま女が死んでいた。ガウンごと胸が裂けて、肋骨が大きく観音開きになっていた。まるで血肉の翼を広げた悪魔のようだ。
僕のセプタコア・ニューロンが状況を解析する。肋骨周辺に、人体には存在しない筋肉が増設されていた。収縮力に肉体が耐えられず“開いた”ようだ。
ネット経由の違法な生体プリント。すなわち人肉配信。
隣で宍戸先輩が呟く。
「美容整形で死ぬなんてね」
「生体プリントは再生医療です」
「外見を繕ってないで、自然体で勝負しろってことよ」
「確かに先輩は“自然体”だと課の皆が言っています」
先輩は年中同じ格好だ。色褪せたパンツスーツ、増毛した市松人形のような髪型、弛んだ生身の肉体。
僕を無視して、先輩はポケットから端末を出す。
「被害者は崑崙社とパイプがあるわね。プリンタはどこに……危ない!」
先輩の叫びと、家具の影から崑崙社のプリンタドローンが飛び出すのは同時だった。
先輩が僕にタックルした。だが生身でサイボーグを突き飛ばすのは無理だ。そのまま足元に落ちる。
僕は迫るドローンを掴んだ。サイボーグに生体プリントは非対応だ。そして接触解析。筋肉増設の履歴と、電子ウイルスの形跡があった。
世界を変えるはずだった僕のウイルスだ。
手掛かりの興奮は、しかし急速に遠のく。セプタコア・ニューロンは他の事を考えていた。
先輩が立ち上がる。
「怪我、ない?」
「傷一つ」
僕を突き飛ばしていたら先輩は怪我では済まなかった。
生身の頃でさえ、僕は他人に庇われたことはなかった。
タックルの衝撃が、“危ない”の音声が、頭で何度もリプレイされた。過負荷で顔が熱を帯び、合成皮膚が赤らんだ。
「事故でしょうか」
「違う。崑崙社の上客が偶然にも事故死なんて出来すぎてる。これはテロよ」
勘が良い。話を逸らさなくては――
さっき布越しに検知した先輩の体温を、再び感じたいと僕は思った。
「一緒にランチへ行きましょう!」
【つづく】