【人食いたちの長い夜】
廃工場。窓から射す月光の下へ、捕食者が歩み出る。金田は動けない。足の傷が深かった。脳裏に浮かぶ秋山の顔。
怪物の姿は悍しいの一言に尽きる。ぬるりとした皮膚。血濡れた長い爪。捲れて肥大化した上唇が、顔の上半分を覆っていた。
怪物が飛び掛かる。金田は歯を食いしばり、右手の指を向けた。次の瞬間、怪物が壁まで吹き飛んだ。指先から回転射出されたネジが体を貫き、壁に縫い留めていた。
いくら藻掻いても、五本のネジは動かない。やがて静かになった。金田の頬を涙が伝う。怪物の上唇が縮み、その下から見慣れた顔が現れた。変異した体が元に戻る。
「秋山……」
何故、よりによって幼なじみの秋山が? 金田は拳を震わせ……しかし脱力する。これが何者かの悪意によるものなのか、残酷な偶然なのかすら、金田には分からないのだ。
その時、廃工場へ入って来る者たちがいた。
「姉ちゃん、本当にネジ巻き殺人鬼がここに?」
「公安の情報だ、間違いない。あと、私のことはエージェントRと呼べ」
若い男女。男の方は肥満体で、オーバーオールを着た2m近い巨体。女はセミロングの髪に、黒スーツ・サングラス。異様な二人組は、金田と、磔の秋山を見た。
「大当りだ!」
「待て優太。まず周囲を――」
そこへ、再び変異した秋山が襲い掛かった。ネジ周辺の肉を引き千切ったのだ。その頭部を、優太の拳が粉砕した。肉片が飛散。重機でスイカを潰すような一撃。
「騙し討ちかぁ!?」
優太は金田へ向き直る。その頬が怒りに震え、ブルブルと唸る。親友の死を悲しむべきか、己の死に恐怖すべきか、金田は分からなかった。
「よせ。FBIは民間人の協力を歓迎する」
Rが優太を手で制し、金田へ歩み寄る
「姉ちゃん?」
「彼も私と同じ、ICPOの潜入捜査官だ。よろしく頼む、エージェントN」
Rは金田へ、真っ直ぐに手を差し出す。何もわからないが、逃げることもできない。足の傷が深かった。
つづく