800文字プラクティス#02【閉ざした瞳の彼方から】
村上は未だに“ビヨンド事件”の夢に魘される。だから室長からの三年振りのメールには嫌な予感がしたし、“目の潰れた死体”という件名だけで事の重大さを理解した。
指定時刻に会議室へ入る。奥に座る髭の紳士が室長。その他、性別・年齢のバラバラな十数人が着席していた。
そして一人、会議室の隅で、なぜか壁に向かって椅子に腰掛けている人物。顔は見えないが、ボブカットの、若い女らしかった。
「揃ったな」
室長は厳しい顔で続ける。
「あと十人来るはずだったが、自身の眼に異物を詰めて自殺したそうだ」
「う、うあ」
突然一人の男が立ち上がった。両目を掻きむしる。指が眼窩へ潜り込み、眼球が床に零れ落ちた。室長が叫ぶ。
「逃げろ!」
「痒いぃぃ!」
男の眼窩から肉が蔓状に伸びる。宙空で粘土のように練り合わさり、大きな人の頭を形作る。ダ・ヴィンチを思わせる思慮深げな老人の顔。山羊の角が2本生え、立派な顎髭は無数の触手の集まりだ。
村上は呆然としていた。何だこれは。三年前は無かった事だ。
眼窩から生首を生やした男は痙攣し、その体が萎んでゆく。生首は巨大化し、直径は1m以上。悪夢的アドバルーン。
生首が落下、男を潰した。血染みが広がる。そして触手髭で周囲の人間を絡め取り、ばりばりと喰らい始めた。
悲鳴。蜘蛛の子を散らすよう。村上も我に返るが、竦んで足が動かない。触手が迫る。
その時、拳大の火球が飛来し、生首の左目を直撃した。眼球が弾け、ダ・ヴィンチは苦悶する。その口から極彩色の花弁が滂沱と流れ落ち、触れた床が焦げて煙を上げた。床の花弁は蝶となって羽ばたき、会議室を乱れ飛ぶ。
ボブカットが立ち上がり、こちらに顔を向けている。異様なのは両の眼窩に埋まる金属管。その金属管からもまた、肉の蔓が生えていた。肉蔓の先は犬ほどの大きさの、竜の上半身と化している。
竜の喉が内から光を放ち……その口から炎の奔流が迸った。
つづく
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