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高校野球の応援文化

第95回選抜高校野球大会は山梨学院の初優勝で幕を閉じた。
今大会は2019年夏の選手権以来、観客の声出し応援が甲子園に帰ってきた。その威力は絶大で、特に準優勝した報徳学園は観客の後押しを大いに力に変えて決勝まで勝ち上がったと言える。

影響を無視できない程のスタンドの声援は、コロナ禍以前からもちろんあった。智弁和歌山応援団が試合終盤の好機に演奏する「ジョックロック」は「魔曲」とも言われるし、習志野の「美爆音」と呼ばれる吹奏楽部の演奏も対戦相手へのプレッシャーが大きい。球場の雰囲気が試合を飲み込んだ例としては、2016年夏、八戸学院光星が東邦に追い上げられ、最終回に大逆転された試合が印象的で、時に「甲子園のマモノ」と表現される空気感の変化をもたらす。

20年以上高校野球を見てきたが、例えば天理のように、甲子園の常連であり続ける学校の中には決まった曲をずっと使用している学校もある。90年代後半あたりでも、自分の学校独自の応援曲を持っているところはあった。星稜の「星稜コンバット」や三重の「レッツゴー三重」などは歴史が古いと思う。「ダッシュケイオウ」のように多くの学校に使用されているものもある。

地域性もあった。沖縄勢は沖縄出身の先生が指導されている市立尼崎が毎年応援をしている事もあって「ハイサイおじさん」を使用してきた。秋田代表の各校が使用する「タイガーラグ」も分かりやすい。広島商はしゃもじを使用し、銚子商は大漁旗を振った。唐津商は地元の祭・唐津くんちの「曳山囃子ひきやまばやし」をチャンスに使用した事がある。こういう例まであげるとキリがないほど応援には多様性があり、高校野球文化の一側面を形成している。なお応援には吹奏楽や声援による聴覚に訴える応援だけでなく、人文字や揃いの色のように視覚に訴える応援もあるが、ここでは聴覚に訴える応援について話題にしたい。

真っ赤に染まるアルプススタンド

時代が変わるにつれて、応援の形は変わってきた。
2000年代からはブラスバンドが注目される傾向が強まってきたように思う。「ブラバン!甲子園」がシリーズで発売され、2010年頃にはどの学校も演奏するような定番曲が定着していた。「アフリカンシンフォニー」や「サンバデジャネイロ」は今でも多くの学校が使用している。

2014年夏にアメトーークで高校野球芸人が放送され、番組の中では応援についても取り上げられた。この頃から2018年の選手権第100回大会にかけて高校野球人気は一層の高まりを見せ、人気校が登場する夏の大会は朝からチケット売り場に長蛇の列ができ、満員札止めとなる日もあった。

高校野球人気が高まっていく中、2016年夏からは「サンバデジャネイロ」をよりアップテンポにアレンジして合いの手を加えた「アゲアゲホイホイ」が猛威を振るった。元祖として2014年に報徳学園が始めたと言われるが、甲子園では特に2018年にかけて多くの学校がこの応援を採用し、市尼崎や高川学園のように元祖に匹敵するようなまとまりや盛り上がりを見せるスタンドもあった。

そして、常連校は続々と自分たちの曲を定着させていく流れも起こった。八戸学院光星の「だいじょうぶ」のような汎用曲もあれば、東邦の「戦闘開始We are TOHO」のように攻撃開始時のテーマもある。より印象に残るのはチャンステーマとして使用する曲で、仙台育英の「純情スンジョン」、高知の「Poker face」、高松商の「プリティフライ」、龍谷大平安の「怪しいボレロ」などが今大会でも聞かれた。また、東邦は得点時に「エリーゼのために」を使用している。これらの学校は頻回に甲子園に出場して、おそらくは意図的に同じ曲を演奏する事でそのイメージを定着させていった。高校野球ファンは映像を見なくても演奏でどの学校の試合なのか分かる人もいるだろう。甲子園の強豪、特に私立の常連校は高校野球における熱気あふれる応援に母校に対する誇りや愛を感じる。それは少なからず学園運営に良い影響をもたらしているはずだ。

※余談となるが、「SEE OFF」の元祖と言われる日立一や、ジントシオさんが作曲した「チャンス早稲田佐賀」など名曲を持っている早稲田佐賀のように、甲子園出場が少ないと、その学校の定番曲としては定着していかない。

母校や故郷の学校をスタンド一体で応援する

大阪桐蔭の吹奏楽部は中でもブラバン人気の高まりの中心にいる。出場すれば常に優勝候補と言われるほどの野球部の実力と同様に吹奏楽部のレベルも高い。「ユーアースラッガー」、「ウイリアムテル序曲」、「グレイテストショーマン」などを高いクオリティで演奏し、これを聞くために甲子園に行ってもいいと思えるほど。また出場のたびに新曲を披露する事でも注目を集めており、ブラバン人気ひいては高校野球人気に貢献している。

2020年にコロナ禍に突入、春夏の甲子園は中止となり交流試合だけが行われた。2021年は学校関係者のみ1000人上限での応援でブラスバンド演奏は禁止となり、高校野球の一風景とも言える独特の応援が見られなかった。2022年はブラスバンドは50人以内で解禁となったが、2023年第95回選抜でようやく2019年夏以来の、本来の高校野球の応援スタイルが戻った。

しかし、ただ戻ったではなく、この3年つ間の鬱憤を晴らすかのように応援の声がグランドを取り巻いた。中でも目立ったのが報徳学園。もともと2014年に「アゲアゲホイホイ」を始めた元祖であるが、今春は以前よりもずっと大きな声で盛り上げており、時に外野席などアルプス席以外の観客まで巻き込んでいる場面もあった。攻撃開始時の「そーれいけいけ!」という掛け声も大変迫力があり、今後倣う学校が出てくると思われる。「アゲアゲホイホイ」と「そーれいけいけ」は、どちらも楽しく声出し応援できるし、気分も盛り上がる。何より応援が初めてでも子供でも、誰でもすぐに参加できる簡単な掛け声である事が、球場全体を巻き込んでいく事に繋がっている。コロナ禍で一時期失われていた高校野球文化のひとつが、進化して戻ってきた大会となった。

応援は高校野球文化を形成する一つの要素ではあるが、時代とともに変化して試合への影響力が膨らんできている。前出の2016年夏・東邦-八戸学院光星は奇跡的な大逆転劇であるが、その一方で敗れた側からみると3万、4万という大観衆の声援が敵を後押し、自分たちが負ける事を後押ししたと言える。八戸学院光星の選手は「全員が敵なんだ」とコメントしている。

次はその残酷な面にも目を向けてほしいと思う。今大会、仙台育英、大阪桐蔭にはアウェイの雰囲気での守備を強いられたと感じられる場面があった。どこからが良くてこれ以上はだめという線引きはできない。母校や故郷を応援したい気持ちは誰にだってある。ただその裏側には、その応援に立ち向かっている相手チームの選手がいて、彼らはまだ成長途上の高校生だということ、それを試合が終わったら思い出してほしい。

力を尽くした勝者と敗者

幸いにも高校野球にはエール交換という文化がある。両校応援団が、「フレーフレー○○」と試合前と試合後にエールを交換する。甲子園では次の試合に向けて、急いでアルプススタンドの入れ替えをしなければいけないが、試合後のエール交換までは試合後の両校の選手に届く形でやらせてあげたいと思う。もちろんやっている学校もあるだろうけど、そこはテレビには映らないし知らない観客や学生もいる。少子化が進む近年ではスタンドには保護者しかいないという地方大会の学校もあるのでどの学校もやるべきだとは言わない。しかし大応援団でアルプススタンドを埋める事ができる学校なら、精一杯応援したあとは相手校にも健闘を讃える大きなエールを送りたいもの。今よりもう少し試合後のエール交換を大切にして行ければと思う。

※各種写真はイメージであり、今大会とは関係ありません

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