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~切り花産地訪問記~埼玉県のチューリップ農家・田尻重之さん
チューリップ、誰もが知っているお花のひとつ。その知名度の高さは他の花と比べても際立ち、種類の豊富さや成長過程の変化を楽しめることから、多くの人に親しまれています。しかし近年、世界的な需要の増加やオランダの水害による球根価格の高騰など、生産者にとって厳しい状況が続いています。
わたしたちが店頭でチューリップを手に取ることができる背景には、試行錯誤を重ねながらチューリップの未来を支える生産者のみなさまの努力があります。
「市場の変化に柔軟に対応しながら、この美しい花を届け続けていきたい」と語るのは、埼玉県深谷市でチューリップを生産する田尻さんです。
※以下、「」内は田尻さん、ーはスタッフの声です
1.歴史と品種の多様性
ー田尻さんはJAふかやの組合員として、深谷市でチューリップ栽培を行っています。この地域のチューリップ栽培の歴史は大正時代にさかのぼります。
「この地域は火山灰土で、ふかふかしているけれど栄養分が乏しい土壌です。水田や野菜には向かず、当時は養蚕が盛んでした。そんな中で、冬でも育つ作物として球根栽培が始まったと聞いています。球根自体がエネルギーを持つので、地力が少なくても育つのでは?と考えられたのが始まりです。」
ーしかし現在、チューリップの生産者は年々減少し、多くの農家がユリなどの周年栽培にシフトしています。
「チューリップは季節的な花なので、年間通しての仕事として考えるのが難しいのもあるかもしれません。そのため、年間を通して出荷できるユリへと移行する生産者が増えています。現在、深谷市の生産者はJAふかやの共選で7名、別グループでFブラザーズという団体で3名です。その他チューリップ栽培の大部分は新潟、富山、あとは各地域に少しずつというかたちだったかと思います。うちのシーズン通しての出荷量は70万本くらいで、JAふかやの共選の中ではだいたい7割くらいを占めています。」
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2.水耕栽培への挑戦
「うちがこれだけの本数を生産できるのは、水耕栽培を取り入れているのが大きいです。JAふかやの共選で水耕栽培を行っているのは私だけです。」
ー田尻さんの農場がある地域は、以前は川本町という独立した町であり、土壌が固く、チューリップ栽培にはあまり適していなかったそうです。そのため、お父様の代から効率化を求めて水耕栽培に移行してきました。
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「自分が中学校の頃に水槽を作るのを手伝っていたと聞かされています。14年前に就農したときには、半分が水耕栽培でしたが、その後数年かけて全数を水耕栽培に切り替えました。水耕栽培にすることで、一人あたりの生産量を増やすことができました。」
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「水耕栽培はとても効率的なのですが、水質や温度の管理を徹底する必要があります。実際、導入当初は病気によるロスが多く出てしまったこともありました。生育段階ごとの温度管理や水質管理のやり方を調整するなど、今も試行錯誤の日々です。あとは品質や自分の求めるバランス感の理想はとめどないので…(笑)年によって状況も違いますが、そこも楽しみながらやっています。」
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「チューリップの魅力は、そのバリエーションの多さと、日々変化する姿にあります。切り花はどの品種も枯れるまでの変化が楽しめますが、チューリップは特にその変化が顕著です。首が伸びるところだったり、花が大きく開いたと思えば涼しくなると閉じていくところだったり。生きているのを感じてもらえるという楽しみ方があるのが魅力ですよね。」
3.チューリップの多様な魅力
ー最近では、パステルカラーや変わった花形の品種が人気を集める一方、一重咲きのクラシックな品種が再評価されるなど、トレンドも絶えず変化しています。
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「オランダの生産者のSNSを見ていると、なんだこれ!というのもあります(笑)日本に入ってくるのはその一部に過ぎず、世界には驚くほど多くの品種が存在するんです。もっと多くの品種を日本でも流通させられたら面白いですね。品種の多様性に加えて、最近は染めたものや、球根が付いたまま楽しむものも増えていますね。水耕栽培できるのは春のお花だけなんですよ。」
ー産地さん的には染めたお花ってどうなんですか…?葉脈?お花の脈?が見えてとてもかわいいものもあると思っているのですが…
「出回り始めたころは、すごくビビットな染めのイメージでどうなのかなという感じでしたが、ボルドーやブラウン系なら売れるのかなと思って少し出荷もしています。新しい楽しみ方ですよね。そりゃあ個人的には自然の色が一番いいなという気持ちはありますが(笑)消費者の方が良いと思ってくださるのが嬉しいですから。ご自宅でも切り花用の染め材や100均のプリンターインクなど粒子が細かいインクを吸わせて作ることもできますよ。チューリップはものすごく水揚げがいいので、やりすぎず20分くらいでいいかもしれません。」
ーちなみに、一番好きな品種はどれですか?
「…悩みますね。時期にもよるかもしれませんが、今作っているアプリコットビューティーやマンゴーチャームかな。年末に作っている、レディマーロットという黄色いのも好きだし…。まるっこいチューリップが形が好きなのかもしれませんね。昔あったピンクダイヤモンドという品種が大好きだったんですが、数が減ってきてしまい、もう限られた場所でしか生産されていないんです。球根はクローンで増やしていくんですが、その段階で遺伝子が劣化したり傷が付いたりして、だんだん出荷できる数が減ってくるんです。新しい品種がたくさん出てきますが、なくなっていく品種もあります。」
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4.球根価格の急騰とこれからの課題
「球根の価格高騰は深刻な問題です。オランダの水害による生産量減少や世界的な需要増加が要因で、来年にはさらに値上がりすると予想されています。学校や公共施設でもチューリップがよく使われますが、価格が上がることで利用が難しくなる可能性もあります。できるだけ手に取りやすい価格で届けたいですが、コストの問題は避けられません。」
ー現在の状況について、田尻さんは慎重な見方を示します。
「農業全体の高齢化も進み、新規参入者が少ないことも課題です。もちろんすごく元気な産地もありますが、それを上回る減少スピードになるだろうと農業従事者みなさん話していますね…。特に球根ものの栽培は施設投資も大きく、新たに始めるには高額な資金が必要です。自治体の補助金や支援システムを使って頑張ってくれる方が増えたら嬉しいなと思います。まあ、頑張ろう!!としか言えないですね。できる人がやるしかないので!」
5.未来への展望
ー最後に、田尻さんはチューリップの魅力をより多くの人に知ってもらいたいと語りました。
「これからも今まで通り着実に、継続的に生産を続けていくつもりです。現状維持を保つことも大変ですが、その努力を惜しまず続けていきます。チューリップってこんなに成長しているんだよ!生きているんだよ!というのを感じてほしい。まだ魅力を知らない人に、気付いてほしい。市場の変化に柔軟に対応しながら、この美しい花を次の世代にも届け続けていきたいですね。」
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田尻重之さん
埼玉県北部に位置する深谷市で、年間通して約70万本のチューリップを生産、JAふかやの共選の約7割の生産を担う。お父様から生産を引き継ぎ、現在就農14年目。奥様が名付けた愛犬の名前は「がんも」。