つんつるてん
小皿を覗き込む幼子がそこに居た。
四畳半ほどの部屋に長机。
筆をとり感覚の薄れた唇をつぐみながら覗き込む。
粉末を水で溶き、ちょんちょんと筆を濡らす。
青の絵の具は生い茂る緑。
夏の日差しに蒸された青臭さが幼少期の記憶の引き出しを簡易に開けた。
かつての私自身とこの幼子は時間の流れとともに広がる混沌の先で再開したように感じた。
赤の絵の具は丹頂(タンチョウ)。
えも言えぬ燃えるような紅葉の中に佇む。
その描かれた丹頂は無論、動くことはない。
しかし同一の赤で描かれたとて紅葉に埋もれることもなくそこに存在感をしめしていた。
澄み渡る水辺にぱらぱらと雪が落ちる。
白の絵の具は無くとも、その透き通る皿の腹に丹頂が佇む。
きんと耳鳴りのする真冬の水辺で音もなくささっと魚を咥える。
赤と青の静脈と動脈のように生ぬるく冷たい体温を感じた。
触れたわけではない。幼子が打つこと一筋一筋の筆が血管なのだ。
皿には赤と青で四季を彩る丹頂が佇む。
群れが旅立ち故郷が芽吹く頃、幼子の袖もつづまるのであろう。