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短編小説「コトナリ研究所附属商店」

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プロローグ

プロローグ

白くしなやかな手が金属製のペンを革へと滑らせる。
じゅう、という音を立て、なんともいえない匂いが立ち上る。

部屋の中はちょっとした工房と言える風景だ。
染めの終わった革は吊るされて今か今かと出番を待っている。
棚には革がぎっしり詰められている。
しかし、けして乱雑とも言えない詰め方だった。

「ふぅ…」

白くしなやかな手の持ち主は顔を上げて、メガネの位置を直した。
髪の毛を後頭部でまとめ、シュ

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本日から短編小説連載します

本日から短編小説連載します

本日から短編小説「コトナリ研究所附属商店」を連載します。
全14回。
一日に二回ずつ投稿します。
プロローグ合わせたら15回でした。うっかり。

あらすじ
『エイプリルフールの天災』で壊滅状態になり、『コトナリ』と呼ばれるモンスターがはびこる崩壊東京。それと同時に日本では各地に『能力者』が現れ、能力者を中心にコロニーを形成して生活していた。その内の一つ、群馬にある聖クロッシア病院にある『コトナリ研

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2 この世界の仕組み

2 この世界の仕組み

きぃきぃとわずかに音を立ててカズーが来客に近づく。
来客はこの時初めてカズーが車椅子に乗っていたと気が付いた。

「はい、ちょっとマテ茶」
「ちょっとまてちゃ?」
「飲むと落ち着いて、ちょっと待てるから、ちょっとマテ茶」

マテ茶にそんな効能などあっただろうか?
一口飲むと、なんとも言えない渋みが鼻に抜けていく。

「…ちょっと待てそう…です」

気が付くと、そんな言葉が来客の口をついて出てきた。

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1 来客

1 来客

工房の入り口には、ユニコーンのような角を持ったウサギが立っていた。

「御用でござる!御用でござる!」

クーはその声に、つい手にもっていたものを落としてしまった。
器用に二本足で飛び回るウサギをクーは憎らし気に見つめる。
その飛び方はウサギというよりカンガルーだ。
一体どこで覚えたのだろうか。

「カズー、トニーの翻訳機のシステム間違ってない?」
「いや、ぴったりじゃない?」

カズーは右手をひ

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3 あの日の天災

3 あの日の天災

「約3カ月前…4月1日。日付から『エイプリルフールの天災』とも言われる」

クーはひとつひとつ言葉を確かめるように話し出す。
来客もそのまとう雰囲気からゴクリとつばを飲んだ。

「その日、嘘がホントになって欲しいという願いが、沢山集まった。」

ひとくち、クーがマテ茶をのどに流し込む。

「結果、願いが叶い、天災が起こった。」
「願いが叶うって、一見いいことのように思えますが…」
「だが『死にたい

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4 来客の依頼

4 来客の依頼

「改めて…」
 
客人はマテ茶のペットボトルをそっとテーブルに置いて喋り出した。
 
「赤城山の赤城村から来た、赤木です」
 
クーとカズーはまったく同じ角度で首を傾げた。
 
「…どう思う?カズー。」
「ご利益ありそうっすね」
 
赤木は困ったように後頭部をかきむしる。
 
「よく分からないんですけど、その、最近村長になりまして」
「もしかしてパワースポット的な効果があると思われてる?」
「その

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5 移動手段

5 移動手段

「ところで赤木さん」
 
店から一歩出たところでカズーが尋ねる。
カズーを挟んでクー、赤木が立つ。
 
「どうやってここに来たんですか?」
「そうだ、私も不思議だった。」
「ここに来るまでモンスターがいたと思いますけど」
 
赤木がちょっと困った顔をする。
 
「えっとそれは…その…トニーでしたっけ?」
「こいつか?」
 
クーがウサギを指さす。
今はクーの腕の中にちゃっかり納まっている。
 

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6 ようこそ赤城村へ

6 ようこそ赤城村へ

クーとカズー、トニー、赤木は森の木に引っかかっていた。
 
「ほら、アカギの加護があっただろう」
「たしかにそうだけどぉ…」
「拙者、目が回り候…」
 
不思議なことに傷ひとつ負っていない。
だが、アカギは放心状態だ。
 
「竜巻…?台風…?ハリケーン……?」
 
ぶつぶつと何かを呟きながら虚空を見つめている。
 
「まぁ無事だったからいいじゃないか!…ん?」
 
ふとクーが顔を上げると大きな鳥居

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7 事件現場

7 事件現場

「これは、なんというか…」
 
村を歩くうちにクーがふと口を開いた。
 
「the・村って感じ?」
「そう、それだ」
 
カズーも合わせるように話した。
確かに周りの建物は木造だったり、レンガ。
とても現代の建築様式では無かった。
 
「赤城村という名前に合わせて村全体が村らしくある感じだ」
「先ほど商店で天災の話を聞いてから考えていたんですが」
 
赤木がぽつりぽつりと話し出す。
 
「私がいき

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8 異常事態

8 異常事態

「これは…」
「倒れている…いや、寝ている、かな?」
 
クーとカズーが赤木に確かめる。
赤木はこくりとうなずいた。
 
「全部で8人…全員、息はあるようです」
 
よく見ると子どもたちの胸や肩は上下している。
時折誰かのうめき声が聞こえる。
そして、巨樹の根元に一人。
 
「あの子が中心…つまりあれがご神木で合ってるか?」
「そうです」
「とりあえず、近づいてみないと分からないな…」
 
覚悟を

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9 万能じゃない

9 万能じゃない

 「…」
 
クーは机に向かい、本をめくっていた。
クーとカズーの2人は商店に戻っていた。
わずかにある窓からはオレンジ色の光が差し込み、夕方だということが分かる。
 
「くーさん、ちょっと休んだら?」
 
カズーがクーの横にマテ茶のボトルを置く。
 
「ああ、ありがとう。こんな時にネットが通じていればな」
「天災以降、インターネットはほぼ使えなくなっちゃったもんね」
 
クーの机には本とメモ帳が

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10 能力の代償

10 能力の代償

天災から3日後、赤城村の事件からさかのぼること約3カ月前

『こんなんじゃ死ねない…こんなんじゃ…』
『ナオミ先輩?…何やってるんですか!』
 
そこは病院のナースステーションだった。
 
『――ちゃん、知ってるでしょ、このぐらいじゃ死ねないの』
『…私はその名を捨てました』
 
ナオミ先輩と呼ばれた女性は床にしゃがみ込んでいた。
床にはたくさんの刃物が落ちていた。
血の跡はあるが、その腕には傷ひ

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11 ヒント

11 ヒント

「その後、ナオミさんは医者顔負けの凄腕ナース、だもんなー」
「だが、あのままだったら弱って何かが起きていたかもしれない」
 
メモ帳を囲んでカズーとクーはそう話す。
 
「確かに諸刃の剣、というやつだ。強すぎる能力は扱いづらい」
「赤木さんも、パワースポット的な力だけで良かったのかもね」
「しかし…本当に今回のことは…」

クーがメモ帳を手にする。
あ、という顔をしてカズーが口をおさえる。
 

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12 解決の糸口

12 解決の糸口

「うたた寝…って座りながら寝ちゃうとかってことですよね?」
 
クーとカズーは次の日、再度赤城村に訪れていた。
赤木は意外だという顔をして、クーの言葉を受け止めた。
 
「ああ、大人ならばそういう意味で覚えているだろう」
 
急ぎながら歩いていく3人の後ろをトニーがぴょんぴょんと駆けていく。
 
「それが、あの子どもたちにとって『歌う種』と認識されていたら…」
「歌・種とうたた寝のダブルミーニング

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