元日の地震の覚書
ウソみたいだ。たしかに、ここ数年、母の実家では地震が多すぎる。とは思っていた。
私の母の実家はテレビ東京の「youは何しに日本へ?」でデンマークだったか、男の子2人がガイドブックの日本版で『指差し旅』という斬新なほぼノープランと言っていいような旅の最終地点だった、ほんとうに観光名所といえるところが何もないようなところだけど、
地域の人たちが支え合って生きている過疎地域だ。
あの『日本のお父さんとお母さんがいるお寿司屋さん』の現地が私の母の実家の地域にあたるのだけど
私は、そこは知らないんですね。。。
母の実家は漁業と自宅菜園をしているようなところで、田んぼも持っていた。ひとり一台車を持っていないと死を意味するところだと言っていいと思う。以前は電車があったのだけど、近年廃線したと聞いていて。その代わりにバスが登場したらしいのだけど
地方のバスは都心部のバスのように、5分に1本ベースでバスがくることはない。ということもわかっていて。
魚と野菜と米は、そこそこ確保できる自給率高めのところで
御中元と御歳暮は、決まって牛丼の素を送っていた。数年同じ牛丼の素を送っていたので、そろそろ変えた方がいいのか、母が実家と縁者に聞いてみたところ
牛丼の素をずっと送って欲しい。ということになった。スーパーに簡単に行けるような土地ではないので、冷凍の牛丼の素はよかったようだった。
そこが、今回被災地になった。最初は震度5という話だったので、以前も震度5はあったよな?くらいの捉え方をしてしまったのだが、
震度7に変更された時に、はじめて慌てた。どうしていいか、わからない。電話をすぐに掛けると、かえって迷惑が掛かることもわかっている。
輪島市あたりで生き埋めという一報が入った時には、テレビから離脱した。持たない。
テレビで観る限り、被害は珠洲市や輪島市の方が家が密集している都会(この表現は違うかもしれないが、コミニュティの多さという意味で都会と位置付けした)であるため、深刻な話になっていくと思われる。
私が知っている鳳珠郡穴水町というところは『ポツンと二軒家』とか『ポツンと三軒家』とか、そういう感じで、屋号が飛び交うような場所で、基本的に観光的な要素も難しく
ある意味、みんな兄弟的な要素が強い村だ。その記憶も40年以上昔の記憶で、現在はどのように発展しているのかは、知らないのだ。
ただ、どうやら新幹線は石川県を通過するようになったが、それは金沢という大都会に行くにはとても便利なツールではあるが
鳳珠郡の方の路線は次々と廃線して、代わりにバスが主流になり、鳳珠郡に来る場合は飛行機がお薦めだ。と聞いた時には
空港、いつ、できた?と思った。。。
知らないうちにどうやらANAの学校もできていて、今回の能登半島の地震は
誰かの息子さんや娘さんが被災地にいるケースも考えられる。元日だったので、こういう学生さんたちは、能登ではなく実家とかに帰省していることを願う。
つづく