mentallyはPMFできたのか?
2022年7月5日にリリースされたこころのオンライン相談アプリ「mentally」が9月30日にサービス終了した。
メンタルヘルス業界ではかなりの注目度があったサービスだったが、なぜ終了に至ったのか、この業界の課題はなんなのか?について個人の視点から解説していく。
最初にだが、私自身はmentallyの関係者でもないし、内部事情は知らない。あくまでこの記事で語っているmentallyについては憶測でしかないことは予め断っておく。ただ、自分自身もピアカウンセリング領域のサービスを1年半検証していたためその時の結果も踏まえて考察していく。この領域でのビジネスを考えている人にとっては失敗から学べることが多いはずだからこそ最後まで読んでほしい。
mentallyとは?
mentallyとは、株式会社Mentallyが運営するピアサポートに特化したこころのオンライン相談Webアプリのことである。端的にいえば悩みの相談掲示板 & ピアカウンセリングが受けられるwebアプリである。
ピアサポートとは、同じ悩みや病気に苦しみ、乗り越えた経験を持つ当事者に話を聞いてもらうこと、経験談を聞くことで治療や症状の改善に役立てる手法のことであり、この手法を活用するということがmentallyのもつ最大の特徴であった。詳しい内容は以下のプレスリリースを読んでほしい。
なぜサービス終了したのか?
サービス終了の経緯についてはMentally代表の西村さんが自身で詳しく語っているのでこちらを読んでほしい。
理由としては、「資金調達が上手くいかず、資金が枯渇してしまい、サービスの継続に必要なメンバーの雇用・業務委託契約を維持することが困難になってしまったためです。」としている。
今回はこの記事では語られていない、
- なぜ資金調達がうまくいかなかったのか
- カウンセリング事業における課題点
- この領域の可能性
などについて独自の視点から解説しようと思う。
mentallyはPMFできたのか?
まず初めにこの記事のタイトルになっている話から出発しようと思う。
ビジネスにIFはないと言われるが、もしmentallyが資金調達ができていたとしたらどうなるかという視点で考えていく。
私自身の結論から言うと、「PMFはかなり難しかったのではないか」と推測している。ただし、PSF(Problem Solution Fit)は十分できたと考えている。
顧客を獲得し、ニーズを掴むことができるポテンションはあるが市場(market)が存在しないためビジネスとして継続するのは難しい状態に陥ったと思う。これが資金調達が難航した主な原因だとも考えている。
資金調達の失敗と市場の変動
株式会社Mentallyが創業したは2021年10月のこと。
創業と同じタイミングでエンジェル投資家の方々から約3,000万円を出資を集めたと過去のプレスリリースでも発表されていた。
代表の西村 創一朗さんはMentallyの前に仕事と育児の両立、副業・複業による「スパイラルキャリア」を支援する会社株式会社HARES(ヘアーズ)を創業しており、経営者・連続起業家として注目が高い。
そういう観点からも創業当初からメンタルヘルス業界での注目度が高かった。
創業した頃の2021年の投資環境はかなり活発であった。
アメリカでも国内でも多くのスタートアップが大型資金調達を繰り返し行っており、バリエーションも高騰していた。そういった市場環境だったからこそトップラインを伸ばす経営戦略が取られ、とにかくGMVの拡大やユーザー数の獲得を重視されていた。
そこから年を跨いで2022年。状況が大きく変わった。
私自身はそこまで市場の動向に詳しいわけではないが、ソフトバンクグループが3月期決算で過去最大の3.2兆円の赤字を出したのが記憶に新しいだろう。多くのテック企業で株価が暴落し、市場の環境が激変した。
そこからは大型資金調達の件数も減っていき、GMVよりも"ユニットエコノミクス"が重視されるようになった。
細かい話は投資市場に詳しい人に任せておき、とにかくグロースさせていくときに「健全な収支をもとに回収可能な赤字の範囲で事業を運営することを重視する」市場に大きく変化した。
この市場の変化がMentallyにとって大きな大打撃であったと思っている。
創業当初とリリースした直後でこれだけ大きく市場が変化してしまっていた。だからこそ資金調達がうまくいかない or 長期での経営戦略が求められているにも関わらず資金調達が成功する前提で事業計画が立てられていたことが大打撃となったのだろう。
特にmentallyというサービスに関してはマネタイズ方法がユーザー課金が主であるかつ、このモデルで大成功を収めている企業が世界を見てもまだないため投資家からの理解が得づらかったのではないかと思う。ここらへんの内容も代表のnoteに書いてあるため合わせて確認してほしい。
とはいえ、mentallyの失敗は投資市場だけの問題かというとそうでもないと思っている。最初に述べたようにたとえ資金調達がうまくいったとしてもPMFは難しかったと私は考えている。その要因はこの領域ならではの課題が別に存在しているからである。そちらについて次に深ぼっていく。
顧客の課題と性質
ビジネスは基本誰かの課題を解決することで収益を得ている。
mentallyは「悩みを持ち、誰かに相談したい」という需要に対して、「同じことを経験したメンターが相談に乗ること」で顧客のメンタルヘルスの課題を解決していた。
これ自体はかなりソリューションとしての角度が高く評価されていたと思う。リリースした際も使ってみたいという声が多くあったようにPSFへの兆しは見えていたと思う。
余談になるが、僕個人で似たモデルで1年半ほどサービスを行っていたことがある。その際も個人で年間300件近く依頼を受けていた。当時はユーザーの拡大に対して供給が追いつかなくなるレベルまで達していた。そのためニーズと解決策の角度の高さという点では一定共感できる。ここらへんで得たデータについても後述していく。
しかし、この「悩みがあり、誰かに相談したい」という人間根本の課題がビジネスをする上でかなりの厄介者であると考えている。
mentallyのモデルにおける収益の構造を簡単に示すとこうなる。
ユーザー数に関しては、無料ユーザーと課金ユーザーどちらも足し合わせた数であり、LTVは1ユーザーあたりの収益性と考える。
こうして考えると、2点を伸ばすことがメインのKPIとなる。
1. 無料ユーザー → 課金ユーザーの転換率
2. LTVの向上
つぎにLTVについて考えてみる。
一般的にLTVは一般的に以下の数式で求められることが多い。
が、今回は課題の性質から算出したいため以下の図を元に考えてみる。
これに則って考えてみると、mentallyの顧客は、
となるだろう。
ここでの問題は2点あり、1つ目が「顧客の支払い意思が低いこと」2点目が「使用頻度が低く単発性が高いこと」である。
一般的に話を聞いてもらうことでお金を払う例は日常では少ない。
これを生業としている例だとカウンセリングや占い師などがあるが、使用率はそう高くはないのが実情ではある。mentallyではピアサポートという形でより身近に利用できるようなサービスを設計していたはずだがそれだとしても頻度はそう高くはならない。そういう意味で1つ目のKPIである「無料ユーザー → 課金ユーザーの転換率」を上げるのはかなり難しい。
私が運営していたサービスは基本無料でその他の領域から収支を賄う仕組みで組んでいた。その際に共感してくれたユーザーが C to C課金のような仕組みで課金してくれたことがあるが、それを踏まえても転換率は数%であった。ここを改善しようと上げるとしたらユーザーへの価値提供の際の独自性をどれだけ磨けるかが鍵になるだろう。ただそれをリリースして数ヶ月で形成するのは無謀な挑戦だったに違いない。
また、悩みを抱えている際に解決するまでの求められるTimeがかなり短い。
例えば失恋をした人がいたとしたら、その日に話を聞いてもらいたいはずである。扱うニーズがそういったものであるからこそ、頻度は少ないが即日性が必要かつ、解決してから次の利用までの期間はかなり長くなる。
そういった意味でEmergencyの高いサービス構造になりがちである。
そういう観点からLTVを上げるのがビジネス上難しく、短期での売上形成はより難しくなる。そういった面では長期戦を覚悟しなければならなかったはずだ。
では、もう一方の変数である「ユーザー数」についてはどうだろうか?
こちらについてmentallyが公式で発表している数値がおそらくないため推測であるがある一定のユーザーがいたと思われる。
なぜそう予測するかというと、過去に自分がサービスをやった際にオーガニックだけで広告費をかけずにかなりのユーザーを集めることができたからである。集められた理由は至って単純で、顧客の困り具合が高い & 即時性が必要 に対してそれを満たすサービスが世の中にそう多くないからである。
一般的にカウンセリングに行こうとすると、医療機関だと受診までに1ヶ月程度かかるケースをよく耳にする。逆に当日に話を聞いてもらおうとするとココナラで販売されているよくわからない悩み相談系のようなサービスくらいしかないと思われる。そういった状況だからこそサービスの存在が知られることだけでもユーザー獲得がしやすい。またリファラルの施策も有効でありCPA(Cost Per Acquisition)は低く抑えられるはずである。
そういう意味では、課題のニーズ自体はかなり大きい。
そしてそれを解決しているところは多くない。需要に対して圧倒的な供給不足が常に発生している状況である。
更に言うなれば、「誰かに相談する」というアクションは「信頼性」という制約条件も加わる。誰かに相談したいと思っても、相談する相手がいないという人は多く存在するがその「誰か」が「誰でも良い」というわけでは決してない。むしろ「誰であるか」の価値をユーザーは特に見極める領域である。だからこそカウンセラーに相談するという専門性へのニーズは高い。
この信頼性というものがカウンセリングサービスにおける大事な要素である。それ故に先程 LTVのTime で 長期のRR(Retention Rate)が高い と書いた。
私が1年半運営していたサービスでは、
1週間に絞ったRR = 10%前後
3ヶ月に絞ったRR = 30%前後
半年に絞ったRR = 50%以上
のような結果が出ていた。
Retention Rateは一般的に期間が長くなればなるほど離脱率が高くなるが、こういったサービスにおいては頻度が低いゆえに長期で見た時のRRは高くなりやすいと感じている。
ユーザーは初回にサービスを利用した際に満足度が高ければ代替性が低く、信頼を獲得しやすいため定着しやすい。その点でmentallyは個別のメンターに相談できたり、悩みに対してのリアクションが早いという点で満足度が高かったはずである。たとえ初期のNPSでここの満足度が低かったとしても、ここに関してはいくらでも改善できる余地があったはずである。
こういった仕組みの性質から1度獲得した顧客のリピート率は高いし、コホートで長期で試算するとユーザーの積み上げは大きくなる。
信頼やブランディングは1日2日でどうにかなるものではない。
だからこそよりこのビジネスモデルにおいては長期での戦略が必要である。短期思考に陥り、ユーザー獲得のために話題性を作ってハックして獲得したとしても逆に満足度が下がり、結果的に損失を被りやすい。1ユーザー1ユーザーを大切にとよく言われるがこのビジネスにおいてはそれが何よりも重要とされる。なにせ悩みの種類によっては人の人生、なんなら命までも左右しかねない大きなものとなる。
ここで上げたような側面に関しては株式会社パパゲーノの代表田中さんもこちらのnote(Youtube)でも解説している。
端的に言えばそのとおりであるが、私が解説した顧客の課題の性質から考えるとより解像度が高くわかるはずである。
ちなみに、「③自殺念慮などイレギュラー対応が必要な相談が一定頻度あったこと」のリスクは個人的にそこまで驚異ではなかったと思う。
確かに、初期ではこういった相談はあると思う。私の運営したサービスでも初期フェーズでは多かった。しかし私の経験として提供価値やブランディング次第でこういった相談は徐々に減っていくはずである。さらに言えばそういった相談が来たとしても専門機関につなぐにしても情報が少なく基本的に対応ができないことが多い。そもそも対処ができない問題であるからこそ利用規約や仕組みで解決できる領域であり、想定しているユーザーへの提供価値はこのリスクを減らしながらも磨けたはずである。
mentallyの失敗は?
mentallyの失敗を端的にまとめると「長期戦への準備を怠った」ことに尽きると思う。それ故に資金調達の問題がクリーンヒットしてクローズに至ったと思う。逆に言えば、この課題の性質がリリース前から明瞭であればまだまだ可能性はあっただろう。
しかし、長期で運営できたとしてもマネタイズの手法は未だに課題である。
私も同様のピアカウンセリングのサービスを試行錯誤していく上でこれが解決できる道筋が見つからず撤退の判断をした。
ただ、私は「独自の価値提供」次第ではマネタイズも図れると思っている。
カウンセリングサービスというものが世の中で一定支持されているのはカウンセラーの"専門性"の高さゆえである。そういった実情からもピアカウンセリング領域で独自の価値を見いだせればユーザーからの純粋な売上だけでも成り立つ仕組みがあるはずである。さらにボリュームの形成ができればそこから追加のマネタイズ手法も考えられるはずである。私はそこの道筋が見つけられなかったが、次の挑戦者はそこも含めてこの課題にチャレンジしてほしい。
マネタイズ手法は年々変化し、新たなものが見つかったりもしている。
数年前まではメディアの広告売上が減少すると言われていたにも関わらずTiktokの出現で全画面動画広告の未来が見えて単価が向上したりした。他にもサブスクリプションという定額課金のビジネスモデルは一定の価値をユーザーが見出し世間一般にすでに定着している。常にWebやアプリの世界は様々な変化を遂げているからこそ時期によってはこの領域でマネタイズ手法が確立される日があってもおかしくないのではと私個人は感じている。
次なる挑戦と希望的観測
先程述べたものに重複するものがあるが、最後に次のビジネスマン・起業家のためにこの領域の可能性についてまとめておく。
「日々の悩みを解決したい」という需要はかなり大きい。
顕在性は低くとも、誰もが直面する課題であり、それを十分に解決する供給はまだ確立されていない。
そしてこの課題は、「即時性が高く」「信頼性」が求められる。
解決する相手を選ぶため、属人性やブランド力が試される。だからこそ代替性が低く、軌道に乗れば大きな成功となるだろう。そして「即時性」という観点で需要を満たしているサービスはまだまだないため開拓の余地が大きい。
ビジネスという観点でカウンセリング事業を考えるならば、長期戦になることを想定し、ユニットエコノミクスが健全になるビジネスモデルとLTV向上に向けたさらなるマネタイズ方法の模索をしていくことになるだろう。
これを踏まえた上で次なる道筋が見つかれば、成功への角度はグッと上がるだろう。
蛇足になるが、これを最後まで読んだ人に伝えたい。
メンタルヘルスとりわけピアカウンセリング領域における課題をここまで明瞭に記した記事はそうないと思う。だからこそ次なる挑戦者がもし読んだ際はこれを十二分に踏まえてチャレンジしてほしい。先人の失敗を生かして世の中に大きな価値を見出すメンタルヘルスビジネスが生まれる日が来ることを心から願っている。そして私自身もそういったサービスを生み出し、携わりたいと常に思っている。
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ではまた。