地下喫茶店
きりなく膨張しつづける乾いた街の、かえりみられない路地裏の一角、くたびれた労働者たちが足音をひそめて通うその地下喫茶店にはメニューがない。メニューがないから何も頼めないし、店員も客も存在しえない。ひとびとは壁に手をついて冗談のように狭い階段を降りると、がらんどうの薄暗い部屋の壁にもたれてうずくまり、うつむいたまま、あるいは眼前をうごめくいくつもの影を茫然と眺めたまま長い間黙っている。そうして、疲労にむくんだからだをひきずりながら、またあきらめたように地上へ帰っていく。
たしかなことは、それがみなわれわれの仲間、つまり使い捨ての、将来のない労働者だということ、安い酒と食物に内臓を犯され、白昼の人波から小魚のようにホームへ飛び込み、夜闇よりいっそう深い山林に分け入ったまま静かにいなくなる、数多のひとびとだということ。階段の隅にある観葉植物の葉裏に、懸命に言葉をつづっていた男とは以前知り合いだった。繊細で傷つきやすかったが、優しい男だった。無言の一員に、そういうものがいたのだ