一緒に、見ようぜ。

はじめに


この記事は、中2と中3、その保護者に向けて書いているX(ツイッター)のプロフィールのつもりで、カタカタと書きだした。気がついたら、6,000字を超えるボリュームになってしまった。申し訳ない。


「高校受験情報サービス」というと、何とも薄っぺらい言葉だ。一旦このような記事を書いてしまうと、もう薄っぺらいものは書けなくなってしまった。困ったものだ。

・人生多様化した現代で、何をそこまで高校受験に必死にならなければいけないのか?
・いい高校に行くのが全てではないだろ?
・結局本人次第だろ?

その通りだ。所詮高校3年間など、「長い人生の中のたった3年間」にすぎない。


しかし、そう単純なものでも、ない。


私の人生論のひとつに、

「人生の分岐点において、選択肢を持てるようにするべきだ」

というのがある。

ハーディング現象・群集心理・集団心理・同調バイアスなどという言葉を聞いたことはあるだろうか。私は大学で心理学を学んだ。特に日本人において、人は周りの人間(集団)に同調されやすい傾向にある。

分かりやすく置き換えると(必ずしもそうでないケースがあることはご容赦いただきたい)、こういうことだ。

・上昇志向の強い進学校にはそのような生徒が集まり、お互いや先輩たちの刺激を受けながら、切磋琢磨する。
・受験戦争に巻き込まれることのない附属校の生徒は、のびのび7年間の高校大学生活設計が待っている。
・目標設定がゆったりとした高校には、やはりそのような生徒が集まる。

つまり、自分が置かれる環境に染まりやすく、判断基準も環境次第となってしまうということだ。


これは社会に出てからも、同じだ。時代を築いているという意思が強いスタートアップ企業には、上昇志向の強いギラギラした感度の高い人材が集まるはずだ。

世界的商社やコンサルティングファームには、グローバル思考の強い優秀な人間が集まり、切磋琢磨していく。私がそうだった。

「そこそこでよい、自分の時間も大切にしたい。言われていないことはやる必要がない」という、悪い意味での「Z世代」的な風土の企業には、やはりそのような人材(人罪)が集まってしまうのだ。


人生において、どの選択肢が正しいかは分からないが(正しい云々の判断をするということ自体が違うのかもしれないが)、少なくとも多くの選択肢を持てる方が明らかに未来は広がる。

小中から一貫校に通う生徒は別世界だが、この「高校受験」というドラマをどう乗り越えるか、その後のロードマップをどう築けるか、人生の大きな分岐点のひとつであることは、間違いない。




私について


私は、学校の先生でも、塾講師でも、塾の経営者でもない。私の本職は、コンサルタント、プランナー、マーケターだ。だから、情報収集とデータ分析、最適解の抽出作業、ロードマップの作成などには慣れている。

ただ、うちは教育家系でもある。祖父は小学校校長、父は文部科学省の役人から大学理事、父の兄夫婦は高校教師と中学教師だ。私がやっているコンサルもそうだが、どうやら代々教えるのが好きな家系らしい。

私も塾講師をやっていた時期がある。いまだに教師や塾講師のつながりは広い。塾講師は横に人材移動も多い。さらに、それらの情報やデータ会社の人間とも仲が良い。だから、言えないことも含めて、最新のいろいろな情報が入ってくるのだ。

ちなみにもう少し付け加えると、私は都立上位進学校を経て(いわゆる4校のうちの1つだ)MARCH卒だ。英検は準1級を持っている。今とは少し時代が違うが、私も受験を一通り経験している。


経験値


いまこのnoteにたどり着いたあなたは、高校受験を控えているならば、もしかしたら少しだけ幸運かもしれない。なぜなら私は、2つの見地から、東京私立合格へのロードマップの最適解をお伝えしようとしているからである。


1, 長男(2024)長女(2022)そして次女


私には、3人子がいる。長男、長女、次女だ。長男は2022年に高校受験を経て、いま高校3年生だ。長女は2024年(つまり今年)高校受験を経て、いま高校1年生だ。2人とも、有名私立大学の附属校に合格した。そして、次は次女だ。

もちろん、2人は私が合格させたわけではない。本人たちの努力の積み重ねの結果だ。私はほんの少しだけ、その手助けをしただけだ。いまその2人は、校風にも溶け込み、大学受験もなく大学へ進めるので、高校生活を心の底から楽しんでいる。

しかしつい数ヶ月前まで私と長女は、高校受験の戦場真っ只中にいた。まぎれもないリアルで最新の体験談だ。さらに、次には次女が控えている。引き続き、最新の情報とリアルな体験談を、お伝えすることができる。

もう少し詳しく話す。


2, 長男(2022)


長男の高校受験は、正直スムーズではなかった。後になって分析すると、4つの主要因があった。

1, 私の経験と情報不足
2, 出遅れた
3, 甘く見ていた
4, サッカー

第1の要因は、初めての経験なので、とにかく 経験と情報不足だった ことだ。ちょうどこの頃私の仕事が忙しかったこともある。

第2の要因は、 出遅れた ことだ。私は塾の新学年(3月)からで、十分間に合うと考えていた。ところが入塾後のテスト結果が、ことごとくよくない。「やっていないところが多い」のだ。中1、中2からやっている子に比べ、思った以上のビハインドだった。結果、とりあえずひと通り追いついたのは、2学期に入ってからだった。キャッチアップに5ヶ月を要したことになる。

第3の要因は、 高校受験を甘く見ていた ことだ。大手の塾に行かせていたこともあり、何とかしてくれるだろうと他人任せだった。

最後の要因は、 サッカーをやっていたこと だ(正確には、今もやっている)。クラブチームに所属していたため、中3の夏頃まで大会があった。これが、私の判断がブレた原因のひとつだ。ギリギリまでサッカーをやって、それから切り替えられるだろうという油断があったことは否めない。


1学期の成績を見て、内申点が足りず、都立は上位校受験が厳しくなった。結果都立を選択肢から外し、9月から3科私立に絞り込んで追い込みをかける判断をしたが、最後まで厳しい戦いになった。

某大手塾に通っていたが(塾の名前は次のnoteで公開する)、最終の直前模試は偏差値45前後という、1年間で最低の散々な結果だった。

私立受験の最大のヤマ場である2/10, 11, 12の3日間。初日の第一希望の高校入試は、本人曰くそこそこの手ごたえがあった。ところが、得意としていた数学の大問の頭でミスが発覚し、大崩れが判明した。

翌日の、オンライン合格発表。不合格だった。そのショックは大きく、その後も崩れ、大一番で何と3連敗してしまった。その前に書類で通る学校を確保してはいたものの、この3日間のうちの1校で何とかなるだろうと踏んでいた私の戦略は、完全に間違っていた。


どうするか。


幸運なことに、そこから募集に間に合う高校が、まだ数校残っていた。どれも有名大学附属校だ。どこも最終受験だ。募集枠も少なく、どこも高倍率だ。

結果、長男はこの高倍率を勝ち抜いた。私の戦略ミスを、長男が自分で勝ち取った。

1年間の平均偏差値55、最終模試の偏差値は45で、偏差値67の高校に合格した。そして、高校3年となった今も上位30%前後に位置し、系列大学の推薦枠はもちろんのこと、上位の指定校推薦枠を狙える位置にいる。


3, 長女(2024)


つい数ヶ月前まで長女と私は、高校受験の最前線にいた。まぎれもない、リアルで最新の体験談だ。

長女の高校受験には、長男の失敗経験をことごとく生かした。いわゆるPDCAだ。

1, 情報&経験不足 → これは言うまでもない。
2, 出遅れた → スタート地点を半年早めた。
3, 甘く見ていた → 塾を変え、塾まかせでなく情報&分析によって取るべき戦略を導き出した。

長女は、長男ほどギラギラしていない。いまの生活を楽しみたい派だ。成績もそこそこで、中2の3学期の時点で、偏差値ちょうど50くらいだった。

都立も選択肢に置いていたが、中3の1学期の段階で、内申点がやや足りなかった。次のnoteに書くが、都立高は内申がモノを言う。高校受験を左右する内申点は、中3の2学期の成績で決まる。中3の1学期の内申点を、2学期で引っくり返すのは、恐ろしくハードルが高い。

その理由は、中学校の先生の立場に立てば、よくわかる。


中3の1学期と2学期で、飛躍的に上下する子はそこまで多くはない。内申点の相対分布は決められているので、誰かを上げれば誰かを下げなければいけない。中3の1学期と2学期で成績を変えるということは、生徒の人生すら変えてしまう可能性がある。それは荷が重すぎる。

結果、中3の2学期の成績は、1学期とそう変わらないのだ。

いくつかの私立高校に、推薦基準に2学期の内申ではなく1学期の成績を判断基準にしているところがある。それは、この理由からだ。


この流れから、1学期の終わりの時点で内申点を計算すると、都立高だと現実的に偏差値50前後の高校しか受けられないことが分かった。目指しているのは、もう少し高いレベル。戦略は決まった。私立1本だ。

そこからのストーリーは、次のnoteに記す。


結果は、偏差値57の有名大学附属校に合格した。というか、2戦2勝、3戦目は辞退した。あくまで結果論だが、最後の最後、ロードマップを設計した私も驚くほどの伸びを見せた。もうワンランク上の、偏差値62-3の高校にも合格できたと思う。


しかし、判断基準はあくまで

・校風が本人の肌感に合うか
・無理なく通学できるか(通学ルート)
・のびのび楽しめるか

というところだ。ぎりぎりで上位校に入ったところで、入学後につらい思いをするのは本末転倒だ。


いま本人は、本当に楽しそうに高校に通っている。一定のレベルの成績をキープできれば(下の2割に入らなければ)、受験することなく、その上の大学へ進学できる。7年間の学生生活は、始まったばかりだ。よっぽど道を外れなければ、その先の人生設計をある程度選択できる位置に行けるはずだ。


高校受験は、ある意味情報戦だ


2回の高校受験を経験し、もちろん本人の頑張りに尽きるのだが、それ以外にひとつとても大切なことがあることが分かった。

情報を制する者は、受験を制す。

どこかで聞いたような陳腐な言い回しだが、これは事実だった。情報を得て上手く立ち回った者が、結果を出している。

本人の勉強&努力と、情報の両輪だった。

「受験は勉強次第」というきれいごとではなかった。

例えば、長女が入学した高校は、一般的な偏差値は57だ。しかし、大学附属校であるうえに、大学の敷地に隣接し、高校段階から大学の体験授業があったり大学の施設(ホールやカフェテリア、コンビニなど)を使える。高校も大学も校舎は比較的新しい。当然ながら、倍率は2倍を超える。

しかし同じ系列校に、一般的に偏差値はやや上ながら、定員割れしている高校があったらどうか。校舎や施設の老朽化などいろいろな要因はあるが、大学は同じだ。立地も大変よい。多少成績が足りなくても、合格しているという話は聞く。ここは、受験生がある程度「一定の条件で」スクリーニングされているので、ほぼ全員が合格する。これは狙い目ではないだろうか。


こういった話は、実際に多くある。高校だって、少子化で質の高い生徒(いや、受験生もだ)を囲い込みたい。受験は学校にとっても、ドル箱ビジネスのひとつなのだ。核心的な話になるので、次のnoteか、オンラインサロンか、個別コンサルかは分からないが、そちらで話す。要は、知っているか知らないか、だ。

人生、ある程度の要領は必要だ。


上にも書いたように、私の情報網はめちゃめちゃちゃんとしている。

・教師や塾講師の教育現場の情報
・ビジネス側面からの塾経営の情報
・大手塾のマーケティング
・自分の子の「ユーザー側の」情報

あらゆる角度からの情報や経験値が蓄積されている。この情報とデータを分析し、最適解の抽出し、ロードマップの作成なども含めて、伝授していこうと思っている。


最後に


長男の高校受験の時は、だいぶ遠回りをさせてしまった。最後の最後に高倍率の切符をつかんだのは、運と相性だけではない。それだけの力が身についていたのだ。本人にもいまだによく話すのだが、私の情報収集と分析、対策が足りなかった。そこは申し訳なかったと思っている。

だから、このnoteを読んでくれてる方には、私と同じ轍を踏んでほしくないと思っている。

2人を有名大学附属校に合格させたノウハウを、全部伝授しようと思う。

塾はどこか。
どのくらいの費用が掛かったか。
何をしたか。

全て教える。もう少しで準備が整うので、待っていてほしい。


追伸


この長文を最後まで読んでいただいて、めちゃめちゃ感謝している。

アイコンから遠からずだが、私は、現時点では顔出しをしていない。その理由は1つしかない。受験業界からの情報を取りやすくするためだ。だから、ZOOMミーティングを使った個別コンサルでは、普通に顔出しする。


次のnoteに書くが、この手間のかかる業態は、オンラインサロンメンバーを集めたところで、コンサルをしたところで、正直利益が出るはずもない。事業としてはアウトだ。本業が儲かっていなければ、こんなことできるはずがない。

では、なぜこのようなことをするのか。もちろん、好きだからだ。本業があるからといって、片手間でやるつもりは毛頭ない。そんなサービスは価値がない。ガチでやる。想像を超えたリターンを考えている。

私は、最新の情報もノウハウも、持っている。本職であるコンサルティングやマーケティング、分析、最適解の導き方、ロードマップの引き方は、お手のものだ。独自のマインドマップやロードマップ、設計も、どんどん配布していこうと思っている。

でも、私を突き動かす核心の想いは、そこではない。これは、単なる受験情報サービスでは絶対真似できないはずだ。


忘れもしない、2022年2月19日。

崖っぷちに立ち、不安と一種の絶望感に包まれていた、私と長男。

千駄ヶ谷のプレミアムモスバーガーで、最後のオンライン合格発表を2時間近く待っていた。

合格発表は、14時。13:45頃から無言で2人とも言葉が出ない。喉もカラカラだ。

13:59。私のiPhone12 pro maxで合格発表のサイトにアクセスし、最後のボタンの一歩手前でスタンバイした。

14:00。小刻みに震える私の指が、画面のボタンをタップした。

私が、最初に画面を見た。そこには、ピンク色の桜のマークが見えた。目には涙があふれ、長男に「おめでとう」の声すら、出せなかった。その画面を長男に向けるのが、せいいっぱいだった。長男は、号泣した。

長男と歩んだ旅は、この瞬間に終わった。

すぐに現実に戻った。入学手続きは、この2時間後から、わずか1時間だけだった。慌ただしく書類を記入し、高校へ向かった。

結果的に、最終受験は大変な高倍率だった。最後の最後にこんなドラマが待っていた。


ここで、このドラマは終わったと思った。でも違った。

長男のことを最後まで気にかけ、闘病していた私の父(長男にとっては祖父になる)が、合格の翌日、2022年2月20日、旅立った。

まるで、長男の高校合格を最後まで見守ってくれたかのようだった。

作り話のような、本当の話だ。


自分の息子と娘だけの話ではない。

厳しい環境に置かれているときのつらそうな顔、涙。
合格した時のはち切れそうな笑顔、涙。

受験生の数だけ、ドラマがある。これに尽きる。
1人でも多く、ハッピーエンドのドラマを演出したい。


親なら、分かるはずだ。


一緒に、見ようぜ。



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