![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/151196131/rectangle_large_type_2_81d22cb5682c1101018bcd50e23eb33a.jpg?width=1200)
どっちが良いとかどっちが優れてるとか、やめることにする。
「良いもの」って何だ。
白米より玄米。精製紛より全粒粉。発酵食品。無添加食品。量産型よりオーダーメイド。
「優れたもの」って何だ。
マルタよりマリヤ。逃避より忍耐。女より男。
摂食障害、低血糖症、自律神経失調症、PMS、そして鬱。…なんていう心の病気と向き合い始めてから、
必死に「聖書に記された」「より良い衣食住」を探してきた。
神学を学ぶたびに、「聖書に記された」「より優れたもの・従うべきもの」を教えられてきた。
ことばって恐ろしい。これよりあれ、と言われると、
白米が、精製粉が、有添加のものが、量産型が「良くないもの」に思えてくる。
マルタが、逃避が、女が、「弱い」って言われてる気がしてくる。
でも実際は、甲乙なんてつけられない。
市場で売っている肉はどれでも、良心の問題を問うことをせずに食べなさい。
地とそこに満ちているものは、主のものだからです。
1コリント人への手紙 10:25-26
確かに私にとって症状を引き起こす「良くない衣食住」があり、ホルモンバランスを保ってくれる「良い衣食住」がある。
でもそれって私の病気だからそうなだけで、特に病気じゃない人にも等しく必要・不必要ってわけじゃない。
人が違えば、摂るべきもの・摂るべきでないものって変わってくる。
ある人には良いものが、他の人にとっては死に至るものだったりする。
ナッツとかも、そうだよね。
マルタよりマリヤ?
いやいや、マルタもマリヤと等しく主に愛された人。
逃避より忍耐?
いやいや、ダビデもエリヤもイエスも、逃げてるぜ。
女より男?
いやいや、女は助け手よ。女がいないと完成しないぜ。
どっちが善か、どっちが優か。
いやいや、その善の反対側にあるものも、劣と言われるものも、実のところは善であり、優だ。
私は主イエスにあって知り、また確信しています。それ自体で汚れているものは何一つありません。
ただ、何かが汚れていると考える人には、それは汚れたものなのです。
もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているなら、あなたはもはや愛によって歩んではいません。
キリストが代わりに死んでくださった、そのような人を、あなたの食べ物のことで滅ぼさないでください。
食べ物のために神のみわざを台無しにしてはいけません。すべての食べ物はきよいのです。
しかし、それを食べて人につまずきを与えるような者にとっては、悪いものなのです。
ローマ人への手紙14:14-20
それなのに、私は、善い食・善い衣装・善い生活とは何かをひたすら探しては、
「聖書的な」「善いもの」に縛られ、そして人を縛ってきた。
きっと“みんなに”善いものだと思って。
それが、貧しさを通らされてる今、「良くない」と遠ざけてたものに散々助けられ、「良かったもの」はお金が無いと助けてはくれなくて、
何が良いものなのか分からなくなってきた。
そして、甲乙つけるべきではないことを教えられる。
衣食住においても、思想においても、善悪二元論に陥る自分を、壊したい。
目の前の人にとっての「いのちのパン」を差し出せるようになりたい。