虹の世界に住む人 vol1
虹の世界に住む人を知っている?
子供のころ まだランドセルを背負っていたころのある日
給食の後の掃除の時間にはまだ雨が降っていて
ゴミ捨て係だったわたしは
水たまりだらけの校庭を傘もなく焼却炉へと歩いていた
外廊下の屋根に当たる雨はザンザンと大きい音をたてていて
水はけの悪い校庭の隅は もう小さな池みたいになっている
どうして桜の季節はこういう雨が降るんだろうと、雨に打ち落とされてしまった花びらを遠くに見た
校庭が水浸しだね
同じ係のヨシヤスくんが言った
うん、そしてわたしたちも濡れてしまったね
わたしは、ヨシヤスくんがさりげなく、わたしが濡れないように、屋根の付いているところをわたしがたくさん歩けるようにしてくれているのを気にしながら言った
ボクは濡れても大丈夫だよ
風邪を引かないようにね
ヨシヤスくんはわたしからゴミの袋を取って
早足で焼却炉へとゴミを入れてくれた
ありがとう
わたしがハンカチをポッケから出しながら言うと
あのさ 虹を見たことがありますか?
ヨシヤスくんは自分のポッケから出したミニタオルで
肩や少し濡れた前髪を拭きながら 空を見上げて言った
虹って 雨上がりの空に見えるあの七色の虹?
うん そうです その虹です
もっと小さい子どもの頃になら 見たと思う
わたしも自分のハンカチで濡れた毛先を拭った
じゃあ
水たまりに映った虹を見たことがありますか?
うーん それはないかな
ヨシヤスくんは 素早くキョロキョロと周りを見渡してから
笑わないで聞いてもらえますか?
わたしは とっさに はい! と言うくらい
ヨシヤスくんがとても真面目な顔をしていた
ボクが前に住んでいた家の庭は どこまでが庭なんだか分からないくらいで
そしてその庭には 草も花も木もたくさんあった
母や祖母、祖父からはあのヒイラギの木が植えてあるところまでは行ってもいいところっていうルールがあって
そう話すヨシヤスくんは そう言えば去年
この街に引っ越して来た転校生だったと思い出した
そしてヨシヤスくんが住んでいたであろうその庭のある家は どんな街にあったんだろうと思いを巡らせた
雨が降るとね 今日みたいなたくさんの雨が降ると
庭の紫陽花の下に大っきな水たまりができるんだ
くぼみが深いから まるで小さな金魚なら泳げそうなくらいに
ボクはそこを覗くのが とてもとても楽しみで
雨が降る日は一日中でも覗いていたんだ
そうしたらね
ある時に覗いていると雨がやんでしまって
あ〜あ、と思って空を見たら ふうわぁ〜って
空一面に虹が出たんだ
突然ボクは水たまりに急いで目を向けたんだ
そうしたらね
笑わないで聞いていますか?
わたしは本当にちゃんとしています、といった姿勢でうんうんと首を振った
水たまりの中が全部虹になっていてね
虹の水たまりみたいで そしてその虹を
小さな小さな人が何人も 虹の七色を塗っていたんだよ
小さな体だから みんなせっせせっせといった感じで
青は青色の担当の人々で
ピンクはピンクみたいに
そこまで話すとヨシヤスくんは すごくドキドキした顔でわたしを見た
わたしたちもそうなのかもって思う
わたしは雨が止みそうもない灰色の空を見たまま言った
同じってどういうことなの?
ヨシヤスくんは 子どものころのままに戻ったみたいになってわたしに聞いた
もしかして思ったの わたしたちも青とかピンクとか
それぞれに役割みたいなのがあって
それをせっせせっせとキレイに塗っていけばいいのかなぁって
ヨシヤスくんは抱きしめたくなるくらいな 無邪気な目をさせて わたしにとても柔らかく微笑んだ
抱きしめたくなるなんて、なんてことを思ったんだと
わたしはそんなことを思った自分が恥ずかしくて
もしかしたら ヨシヤスくんに気づかれているんじゃないかと 胸がドクドクして 顔もどんどん紅くなって
けれどヨシヤスくんは
ありがとう 聞いてくれて
笑わないでくれて ありがとう
そう言って行ってしまった
雨がやっと小雨になってきていて これなら傘がなくても帰れるなと思った
それでもまだ少し霧雨の中、ヨシヤスくんのあの水たまりみたいなことがないかなと
道路にうつむきながら歩いた
そういえば
空の虹と水たまりの中の虹のどっちが本物なんだろう
水たまりの中の虹が空に映っていたってこと?
その日は学校から家まで少しだけ遠回りして帰った
家に着いた頃にはすっかり雨が上がって
けれど 道路には水たまりは一つもできていなかった
つづく