犬なのに猫みたいな名前の犬
「おねがい!犬を飼いたいの!」 親に懇願したのは高校生のころだ。
世話することを面倒くさがる父親と、ちょこまか毎日忙しかった母親は、
だって毎日散歩できないでしょう、と、交互に繰り返すばかりだった。
そんなある朝のこと。
玄関先の植え込みの根元に、なんと子犬が横たわっていた。
怯えたように眼だけを動かして、ぶるぶると震えている。
産まれたばかりだろうか。両掌にのるサイズの小さな小さな子犬。
私の手のひらにつたわる鼓動。ぬいぐるみじゃない、命のぬくもりだ。
ミルクティーみたいな色をしていて、柴犬にもみえなくない雑種犬は、
まるでプレゼントみたいに、首に赤いリボンが巻かれていた。
「迷い犬だな」 父が言う。
「飼いたい!ねえ、いいでしょ?」
「いや、飼い主が探しているかもしれないから、ダメだよ」
「じゃあ、飼い主が見つかるまで」
それから、「迷い犬預かっています」というポスターを、
家の前に貼りだしたり、回覧板で告知したり…と様々手を尽くしたものの、
飼い主は現れず、子犬は私たちの家族の一員となった。
「名前、どうする?」 家族会議だ。
「まめぞう はどう?」
「だって、メス犬だよ!」
我ら家族のネーミングセンスの無さ。。。まったく決まらない。
そうこうしているうちに、一番下の3歳の弟が、
子犬を、なぜか「ミー」と呼びだした。
「ミー」(あそぼう!)
「ミー」(お水だよ!)
「ミー」(こっちだよ!)
子犬と3歳児。いい遊び相手である。
「ミー」って、猫じゃないんだからさ。。。。
でも不思議なものだ、そう何度も呼んでいるのを聞いているうちに、
だんだんと「ミー」という名前として認識されてくる。
1週間もたたないうちに、反対していた家族も含め、
家族全員が、「ミー」と呼ぶようになった。
ミー。 猫じゃなく、子犬のミー。
ミーは、臆病な犬だ。
とにかく他人を見ると吠える、吠える、吠える。
深夜、近隣のお宅から苦情の電話がかかってきたこともある。
吠えるから、いじめられてしまう。小学生の男の子から石を投げられ、
近付いてきた男の子が怖かったのだろう、背を向けたとたん、
彼のおしりに噛みついてしまったこともある。
人見知り。というよりも、人間不信。強迫観念。被害妄想がひどい
臆病なミー。きっと生まれた時から不安だったんだよね。
ミーは、寂しがりやでもある。
家族団らん、食事中ふと視線を感じ目を向けると、
必ずそこには、ミーだ。
庭の窓枠に前あしをかけて立ち上がり、
家の中をじーっと覗いてる。
目が合うと、ちぎれるばかりにしっぽを振って。
出合った朝もそんなふうに、真っ黒に潤んだ瞳で
じーっと、こっちを見つめていたね。
吠えまくるし、子どもに噛みつくし、
私のお気に入りの白い洋服を足跡で泥だらけにするし、
必ずみんなの股間のにおいを嗅ぎまわるし、
自慢できることが何も見当たらない、犬のミー。
でも、それでいいのだ。ミーは、そのまんまで十分だ。
ご飯を食べて水を飲んで散歩に行って飛び跳ねて眠ってうんこしてあくびして自分のしっぽを追いかけるみたいにぐるぐる廻って窓から家の中覗いてしっぽを振ってご飯をたべて水を飲んで、、、
そんな毎日が続くと思っていた、が。
ミーは病気になった。
獣医さんからは、微妙な部位なので手術もできない、と。
あんなに散歩が大好きだったのに、病気が進んで、痛いのか、
ほんの数歩、歩いただけで、うちに帰ろう、、、と引き返してしまうようになった。
そしてやがて、クリスマスも近づく寒い冬の夜に、ミーは静かに眠った。
とても悲しかったけれど、これで楽になれるね。と思ったのを覚えている。
ある朝、突然、私たち家族の前に現れた謎の子犬は、
信じられないほどの笑いと癒しと、そしてトラブルを
与え続けてくれた。迷惑なほどに。笑
今でも時々、家族で話をする。
ミーがどれだけ、手がかかってダメな犬だったか、を。
思い出を語る家族の、愉快そうな表情を見ているとわかる。
ミーはやっぱり、贈り物だったんだってこと。
私は、大切にできたのだろうか。
ミーを、宝物のように可愛がってあげられたかな。
もし、もう一度、ミーに会うことができたら聞いてみたいけれど、
きっとミーは、私の姿を見つけた瞬間に、
これでもかと高く飛び跳ねて、ちぎれるほどにしっぽを振って
駆け寄り、真っ黒い瞳で見つめるだろう。
犬なのに、猫みたいな名前の犬。ミー。
かわいがってもらっていたのは、実は私の方だったんだ。
ずーっと言えなかった。
ミー、ありがとうね。
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