![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/51888446/rectangle_large_type_2_d0e5157fbb59eb145384dce2adbaeb5b.jpeg?width=1200)
葉巻と、それを吸う愛しい人 episode-12
明け方に薄明かりの中で目を覚ました フランクは、自分の横で眠っているマリアを見て、まず幸福を感じた。可愛い女がそばに眠っているな、と思った。
しかしすぐその後から、自分がしていることは相当最悪なことだという自覚が襲ってくる。普段だったら横に眠っているのはローズなのだ。そう思うとローズに対して強烈に罪悪感を感じる。
と、同時にマリアに対してもすまない思いが湧き上がってくる。2人に対して自分だけが自分に都合の良いことをしているなと思う。このままの関係を続けていたら、いずれ全員が不幸になるのがわかっているし、続けていかれるわけがないのもわかっている。
マリアはこの状況についての不安や不満など何も言わないが、言わなすぎてかわいそうになる。
マリアはこの状況をどう思っているのだろう?
マリアも、いずれ別れなければならない関係だと意識しているのだろうか 。
フランクはしかし、そうは思いながらも、今目の前にいるマリアを見ると自分から別れる決断などできる気がしなかった。マリアと別れて平静でいられる自信が全くない。
別れるにはもう、あまりにマリアのことを愛しすぎていた。
……その後、入れ替わってマリアが目を覚ましたのは、起きる約束をしていた8時の1時間前だった。外はもう陽が昇っている。カーテン越しに部屋も明るくなっていて、それは見慣れたいつもの光景であったが、今朝は隣にフランクが寝ている。そしてまだあと1時間もベッドの中でこうしていられる 。
愛する人と同じベッドで目覚めるのはこんなにも嬉しいことなのだな、と思った。隣にいるフランクを眺めながら、この顔も身体も性格も、全てが好きだとつくづく思う。マリアは心から愛しい気持ちでそっとその唇にキスをした。
するとフランクが半分目を覚まして、眠そうに片目だけ開けてマリアの顔を見ると、少し笑って自分の胸に抱き寄せた。マリアは満たされた気持ちでフランクの腕に抱かれながら、その大好きな胸に頬を寄せた。その内にフランクがはっきり目を覚まし、マリアの頭を持ち上げて唇にキスをした。
フランクとする初めての朝のセックスも、マリアにとってとても幸せを感じさせるものだった。ほの明るい中で見るフランクの身体の程よい筋肉や、胸や腕の毛が、フランクの内面的な強さや優しさを象徴しているように見えて心から愛しく思った。
フランクにとっても、夜、この上無くエロティックに見えるマリアの身体と違い、カーテン越しの柔らかい朝の陽射しの中で見るマリアの身体は健康的で、素顔もあどけなく見えて可愛かった。
2人にとっていつもとは違う、しかし爽やかで心地よいセックスの後、マリアが幸せな気持ちでまどろんでいると、
「もう8時過ぎたけど大丈夫かい?」
とフランクがマリアの髪を撫でながら言った。マリアは「ん!やだほんと」と飛び起きた。
「おじさまシャワー浴びる?」
「いいや。一回家に帰るからいいよ」
とフランクが言った瞬間、マリアの顔が一瞬固まった。しかしすぐに明るい顔に戻って、
「…そっか!そうだった。じゃあ私すぐ浴びて来るから待っててね。そのあと朝食作るから」
と笑顔で言いながらくるりと背中を向けてバスルームの方へ行った。
フランクは今のマリアの反応を見て、マリアが決してこの状況を平気に思っていないのだというのが痛いほどわかった。彼女もまた、気にしながら気にしていないふりをしているのだ。
しかし、シャワーを終えて朝食の準備をし始めたマリアは、何事もなかったように明るかった。
「おじさま卵は?ゆでる?焼く?」
「んーじゃあ目玉焼き。よく焼いたやつ」
「オーケイ」
マリアは笑顔で答えてフライパンを出した。さっきフランクに「一回家に帰るから」と言われた時、突然悲しい気分に襲われたが、それでもフランクが目の前にいるだけで幸せだと思い直した。こんな何でもないような会話をできるだけでも楽しかったし、2人で朝食を食べているのも夢のようだ。フランクが一晩中一緒にいてくれただけで、もう最高なのだ。
でも…………。
マリアは目玉焼きを焼きながら、普段一生懸命考えないようにしていること 今の自分の状況やローズやジェシーのことがふとした拍子に頭に入って来てしまう。するとまた一瞬で胸が冷たい風になぜられたようになり、涙が出そうになる。でもこんな幸せな朝に泣きたくないと思い、悲しい考えを振り払う。
向かい合って朝食を食べながら、フランクはマリアが時折悲しそうな表情になるのに気付いていた。原因はさっきの自分の台詞であろう。抱き寄せて慰めてやりたい気がしたが、そうしたら余計マリアが泣いてしまいそうな気がしてやめておいた。
「わ、もうこんな時間!私先にメイクするから、おじさまゆっくり食べててね。
珈琲のおかわりは?」
「ん。じゃあもう一杯」
マリアはサーバーに残っている珈琲をフランクのカップに注ぐと、フランクの頬にキスをしてからバスルームにメイクをしに行った。
フランクは珈琲を飲みながら新聞を広げたが、さっきのマリアの表情のことを考えてしまい、記事の内容が頭に入って来なかった。
メイクをして着替えたマリアを見てフランクは「ずいぶん格好いいね」と言った。いつものラフな格好と違って、今日は白いシャツに黒いタイトスカートを履いて、髪をまとめている。
「今日は得意先の人が入る会議があるの。会社勤めも結構面倒なんだから」
と言って肩をすくめて笑う。
「会社まで送って行くよ」
「…本当?!」
マリアは嬉しそうな顔をしたが、
「でもそれじゃ、おじさまがあんまり遠回りになっちゃうからいいわ」
と言うと、フランクが笑って
「全然構わないよ」
と本当に構わなそうな顔で言う。マリアはフランクが優しくて優しくて心が暖かくなる。思わずフランクの目を見つめると、フランクはマリアの頭を抱き寄せてキスをした。
その後2人は車に乗り込んだが、フランクはマリアの会社の場所について大体の見当しか知らないので、会社の少し前で降ろすからと言って、マリアがナビゲーションするままに車を走らせた。そしてマリアの合図で会社の少し手前で停めたが、それが思ったよりも本当にすぐ手前だったので、
「もうちょっと前で停めた方がよかったんじゃないかい?知り合いに見られたら何か言われるよ」
と言って後ろを振り返る。
「そうかな?」
とマリアが平気な顔で言うので、フランクは笑って肩をすくめた。そしてマリアの手を握手をするように握って、
「キスしたら欲情しちまいそうだから」
と言った。マリアはまたキュンとして涙が出そうになる。
「じゃあ行っといで」
と笑顔で言われて、マリアは自分の手を握ってくれているフランクの手にキスをして車を降りた。
マリアが歩き始めるのを見ながらフランクは車を出した。横を過ぎる時、マリアはフランクの顔を見て、手は振らずに可愛い顔でにこっと笑った。
フランクも笑顔を返し、走り過ぎながらバックミラーを見ると、スーツを着た背の高い上司らしい男が、マリアに親しげに声を掛けているのが見えた。背中に手を回している。
フランクはそんな些細な場面を見るだけで嫌な気分になる自分を持て余した。
やれやれと思いながら葉巻に火をつけ、改めて不安定なマリアとの仲を考えた。