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どんぐりころころの謎

 駅前を歩いていたら、
「どんぐりころころ、どんぐりこ♪」
 声を揃えて歌う少女たちの声が聞こえてきた。
 それとなく視線を向けると、紺色の制服を着ている。ツインテールとポニーテール。どうやら近くの中学校に通う女の子のようだ。
 こちらとしては、続きの
「お池にはまってさぁ大変♪」
 を待ち構えていたのだが、突然、歌は中断してしまった。

「あれ? どんぐりこだっけ、どんぶりこだっけ?」
 ツインテールの子がそう言って空中を見る。ポニーテールの子は『何を今更……』といった様子で、
「あー? 何言ってんの。どんぐりこでしょう?」
 と返す。ツインテールの子は納得できない様子で
「えー? そうだっけー?」
 と言いながら考え込んでいる。

 横でその会話を聞いている通りすがりの私も、そういえばどっちだったかなぁ、と思いながら正解を考えていると、

「だってどんぐりの子がお池にはまってさぁ大変ってなったところに、ドジョウが出てきて一緒に遊ぶんでしょう? ドジョウも『坊ちゃん』って言ってるし、どんぐりの子が池にはまったときの歌なんだよ」

 ポニーテールの子が立て板に水のように話すのを耳にし、私は彼女の『どんぐりこ説』に納得しかけた。すると、ツインテールの子がスマホを取り出した。

「ねぇ、ここに『どんぶりこ』って書いてあるよ」

 検索結果を見せられたポニーテールの子は、体をのけぞらせて
「ええ!?」
 と声を上げる。

「おいっ! ちょっと待て、ふざけんな。別のサイトでもう一回調べろ!」

 自説が簡単に覆ってしまったことに狼狽えたのだろう。ポニーテールの子の口調が荒れる。ツインテールの子はそんなポニーテールの子の様子を楽しそうに見ながらスマホで検索を続けている。二人は仲良しのようだ。

「えー! どんぐりの子が池にはまったんじゃないのー? じゃあ『どんぶりこ』って何だよ。牛丼の子供かよ!」

 ポニーテールの子が松屋の前を横切りながら、そんなことを言い出すので、私は危うく噴き出しそうになった。

 彼女たちは賑やかに話をしながら足早に横断歩道を渡っていく。
 話の続きを聞きたいところだったが、笑いをこらえるうちに、私は遅れをとってしまった。鈍足の私は横断歩道を渡れず、ツインテールとポニーテールを揺らしながら、駅へと去っていく二人の少女を見送った。
 彼女たちの姿が見えなくなった後、信号を待ちながら私は思う。

『どんぶりこ』とは一体何か。

 まさかポニーテールの子の言うように、牛丼の子供ではないはずだ。
 丼物といえば他にかつ丼や天丼がある。『それゆけ!アンパンマン』には『てんどんまん』という、箸で頭をチンチン鳴らしてやってくる陽気なキャラクターがいるが、彼に子供がいるなんて聞いたことはない。


 そもそも『どんぐりころころ』は大正時代につくられた唱歌。昭和に登場したアンパンマンと関係があるはずもない。考えなくてもわかることだが、一応考えてしまうところが、私の悪い癖である。

 この『どんぶりこ』という言葉の響きで思い出してしまうのは、やはり岡山の英雄『桃太郎』だ。『お腰につけたキビ団子』ひとつだけでイヌ、サル、キジを家来にしてしまうのだから、鬼を退治しようがしまいが、桃太郎は見上げた男だと思う。

 そんな桃太郎。ご存じのように桃の実出身である。おばあさんが川で洗濯をしていると大きな桃が流れてくる。このとき登場する言葉が、何を隠そう『どんぶらこ』だ。
『どんぶりこ』と『どんぶらこ』
 よく似ている。

 ただ、どんぐりころころでは、
『どんぶらこ』とは歌っていない。『どんぐりころころ どんぶりこ』だ。
『ぶらこ』と『ぶりこ』の違いは何か。学のない私には見当もつかない。

 というわけで帰宅した後、我が家で一番学がありそうな、アレクサに訊いてみることにした。
「アレクサ。どんぶりこってなぁに?」
 私の問いに、アレクサはこう答えた。

どう撮っても光ってしまう……。
へたくそですみません。

辞書でどんぶりこについての説明が見つかりました。どんぶりこには意味が2つあります。1番目の意味は水に音を立てて落ちるさま。2番目の意味は、重みのある物などが水に浮いたり沈んだりしながら漂うさま。どんぶらこ」

アレクサによる回答

 一応「アレクサ。どんぶらこってなぁに?」とも訊いてみたが、答えは同じであった。

 作詞をした青木存義が『どんぶりこ』と書いているのだから、どんぶりこと歌うべきなのだろうが、『どんぶらこ』と歌っても、意味は同じなのだ。

 だが、いくら意味が同じだとしても、
『どんぐりころころ どんぶらこ』
 では、冒頭のどんぐりが突如として桃に変身してしまったような違和感がある。ドジョウが出てきて「こんにちは」と挨拶した相手が桃では話が変わってしまう。『どんぶらこ』と歌うくらいなら、まだ『どんぐりこ』のほうが歌の世界観が損なわれない気がする。

 秋の夜長、『どんぐりころころの謎』について考えるうちに、日本人にとって

 どんぶらこ=桃

 という図式が強固なまでに出来上がっているということを、私は思い知った。
 日本人にとって『どんぶらこ』と流れてくるものは桃以外にはありえない。そんな印象を日本人に強く植え付けた桃太郎という男はやはり、とんでもなく見上げた男である。

 




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