ビートルズが来た。
五月も後半に入ると、いよいよ夏本番の気配が漂ってくる。
今の季節は、いうなれば初夏。一応、もう夏なのだから、30℃越えの夏日が続出するのも当然と言える。
だが、私は暑いのが苦手だ。
暑さというよりも湿気が苦手で、汗っかきのせいか、部屋の湿度が60%を越えてくると、もう駄目である。
「何か今日、暑くない?」
「蒸れる! 体が蒸れるよぉ!」
「痒い! お腹が痒い!」
そうやって、一人で大騒ぎしている。
近所迷惑になるほど騒いでいるつもりはないが、そばにいる夫からすれば、迷惑極まりないだろう。私も、できるだけ夫には静かな時間を過ごしてもらいたいと思っているのだが、暑さと湿気には抗えないので仕方がない。
膝立ちの体勢で、猶も、うーうー唸りながらお腹を掻いていると、夫がそんな私の様子をじっと見つめながら、
「なんかその光景、どこかで見たなぁ」
と言い出した。
「なに?」
私はお腹が痒くてそれどころではない。すると、夫が「あっ!」と声を上げた。
「思い出した! ビーバーだ!」
「ビーバー?」
「ビーバーの毛づくろいそっくり!」
そう言って笑っている。
私はかねてより、母親からはトドと言われ、夫からは、セイウチや「千と千尋の神隠し」に登場する、おしらさま(エレベーターで千尋を庇ってくれた、赤いふんどしをはいた神様)にそっくりだと言われていた。
それに比べれば、ビーバーは、まだ可愛い方かもしれない。
そう思い、《ビーバー 毛づくろい》でネット検索し、動画を見てみたら、可愛いというよりも、お腹を痒がるおじさんのようであった。
「もっと可愛らしいものに例えてほしいんだけどなぁ……」
動画を眺めながら、小声でモソモソ愚痴っていると、ラジオの天気予報に耳を傾けていた夫が私に言った。
「明日は今日より10℃も気温が下がるってよ」
気温が下がれば、痒みが減るかもしれない。私にとっては朗報である。喜びのあまり、
「へー! 10℃も!」
そう声を上げると、夫がニヤリと笑った。
「おっ! ビートルズが来たね!」
「へ?」
私が、意味を測りかねていると、夫は、ギターを弾くふりをしながら、
「ヘーイ♪ ジュード♪」
そう歌ってみせた。
明日を待たずして、我が家の気温が10℃下がった気がした。
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